事業規模大きい医療法人、収益を職員に還元し「より良い医療」実現―福祉医療機構
2017.12.29.(金)
事業収益規模が大きい医療法人では労働生産性が高く、効率的に運営している。一方で、事業収益対事業利益率は高くないことから、得られた収益を職員に還元し、医療の質をより高めていると考えられる―。
こうした状況が、福祉医療機構(WAM)が12月26日に公表したリサーチレポート「平成28年度 医療法人の経営状況について」から明らかになりました(関連記事はこちら、WAMのサイトはこちら)。
前年度から増収・減益、人件費が重いが給与引き下げは得策でない
今般のリサーチレポートでは、WAMが貸し付けを行っている961法人の昨年度(2016年度)財務諸表データを使って、医療法人の経営上の課題などを分析しています。
まず2016年度の医療法人の決算状況(平均)を前年度の分析結果と比べると、▼医業収益に介護老人保健施設事業などの収益を加えた事業収益は6308.1万円・2.2%増加(28億2842.7万円→28億9150.8万円)▼事業費用は7058.7万円・2.6%増加(27億5140.1万円→28億2198.8万円)▼事業利益は750.5万円・9.7%減少(7702.6万円→6952.1万円)―となり、「増収・減益」です。
前年度との差をより細かく確認するために、WAMは、2015・2016両年度の財務諸表データを保有する867法人の経営状況も分析しています。こちらも、2016年度の決算状況(平均)を前年度と比べると「増収・減益」で、▼事業収益は3901.8万円・1.3%増加(29億2193.7万円→29億6095.6万円)▼事業費用は5100.5万円・1.8%増加(28億3945.9万円→28億9046.4万円)▼事業利益は1198.7万円・14.5%減少(8247.8万円→7049.2万円)―となっています。
このうち事業費用を分解すると、人件費が6070.3万円・3.6%増加(16億6455.2万円→17億2525.5万円)した一方で、▽医療材料費は722.1万円・2.2%減少(3億3161.4万円→3億2439.3万円)▽給食材料費は1811.4万円・15.8%減少(1億1491.3万円→9679.8万円)―しており、「人件費増が費用増加の要因」とWAMは指摘しています。
さらに、人件費を従事者数と1人当たり人件費に分けると、従事者数が13.3人・4.0%増加(331.0人→344.3人)した一方で、1人当たり人件費は1.8万円・0.4%減少(502.9万円→501.1万円)しており、従事者数の増加が人件費を押し上げていることが分かります。
この点、2016年度の前回診療報酬改定で、医師のカルテ記載などを代行する事務職員の配置が要件の【医師事務作業補助体制加算】や、夜間の厚い看護補助者配置が要件の【急性期看護補助体制加算】の評価(夜間急性期看護補助体制加算)が充実したことなどから、WAMでは、「看護・医師事務補助者やセラピストが増加したことが、人件費増加の要因の一つだろう」と考察しています。
なお、医療法人の分析データでは、従事者の内訳が明かされていませんが、WAMは、2016年度の病院経営状況についてもリサーチレポートをまとめており、そちらでは、「医師・看護職員・看護補助者」以外の従事者数が増加しているというデータを紹介しています(関連記事はこちら)。
またWAMは、2016年度の経常利益が黒字の医療法人(765法人)と、赤字の医療法人(196法人)とを比較しています。それによると、「事業収益は、黒字法人(29億2857.4万円)が赤字法人(27億4683.9万円)より1億8173.5万円・6.2%高い」一方で、「事業費用は、黒字法人(28億1529.1万円)が赤字法人(28億4812.6万円)より3283.5万円・1.2%低い」ことから、事業収益の低さが赤字の要因になっていると考えられます。
さらに「従事者1人当たり年間事業収益は、黒字法人(866.9万円)が赤字法人(852.2万円)よりも14.7万円・1.7%高い」ことから、赤字法人の課題は「人件費を賄えるだけの収益が十分に確保できていない」ことだとWAMは指摘。その解決策としては、▼給与水準を下げる▼従事者数を減らす―ことも考えられますが、「人材確保が困難な昨今の状況を踏まえると、費用を削減するのではなく、稼働率の上昇や各種加算の算定に積極的に取り組むことで、収益増加を目指すことが経営改善への第一歩である」と提言しています。
事業規模大きいほど経営が安定するが、事業収益率とは比例しない
またWAMは医療法人の経営状況を、事業収益規模ごとに分けた分析も行っています。具体的には、▼10億円未満(244法人)▼10億円以上20億円未満(262法人)▼20億円以上30億円未満(152法人)▼30億円以上40億円未満(108法人)▼40億円以上(195法人)―の5つに分類して比較したところ、▽従事者1人当たり年間事業収益は、収益規模が大きくなるほど高くなり、事業収益10億円未満の法人が762.9万円なのに対して事業収益40億円以上の法人は922.1万円である▽従事者が付加価値を生み出す効率の良さを表す「労働生産性」も、収益規模が大きくなるにつれて高くなる―といった傾向が見られます。
他方で、事業収益の何%が事業利益になるかを表し、事業収支が赤字の場合はマイナスになる「事業収益対事業利益率」は、事業収益10億円未満の法人(2.6%)の方が、事業収益40億円以上の法人(2.4%)より高い、いわば“逆転現象”が生じています。
一見、「収益規模が大きな医療法人の方が、収益性が悪い」ように思えますが、従事者1人当たり人件費を見ると、収益規模が大きいほど高くなる比例関係にあります。このことからWAMは、「医療法人においては、事業規模拡大により得られた収益を従事者に還元することなどにより職員確保に努め」、医療の質を高めているのではないかと考察しています。
そのほか、収益規模が大きくなるほど赤字法人の割合が低い傾向も見られたことから、医療法人には、経営安定化や医療の質向上に向けて収益規模の拡大が求められると言え、具体策として例えば、地域のニーズを踏まえた介護事業への新規参入や、医療法人同士の経営統合などが考えられます。経営統合を行うまでには、法人がそれぞれ異なる文化を持つことなどから課題もあり、一つずつ解決していかなければいけませんが、経営安定化や医療の質を高める効果だけでなく、病院1施設当たりの医師数が増え、医師同士の業務分担による勤務負担軽減などにも有用だと考えられることから、今後の選択肢として視野に入れておく必要があります。
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