治療抵抗性の前立腺がんに対する「新たな治療法」の確立に向けた研究進む—都健康長寿医療センター研究所
2023.6.14.(水)
治療抵抗性の前立腺がんにおいては、OTC4という遺伝子が増加してタンパク質と集合体を形成し「がんが悪性化」するような遺伝子の活性化を広くコントロールしている—。
一方、「集合体の形成を弱める」薬剤が開発され、「OCT4遺伝子が高く発現しているがんに対し、抗がん剤の効きを良くする」作用を持っていることが分かった—。
こうした研究を進めることで、「治療抵抗性の前立腺がん」に対する新たな治療法確立が期待される—。
東京都健康長寿医療センター研究所が先頃公表した研究成果から、こうした点が明らかになりました(研究所のサイトはこちら)。
前立腺がん、発見が遅れ死に至るケースも増えており、新たな治療法開発に期待
我が国で死因第1位を独走する「がん」については、治療研究方法の開発が進み、手術療法、抗がん剤を用いた化学療法、ホルモン剤を用いた内分泌療法、放射線治療、免疫療法などの様々な治療法を選択・組み合わせて治療を行います。
しかし、「当初は効いていた治療が効かなくなる」(治療抵抗性)がん細胞が出現するケースも少なくありません。この場合「別の治療薬も限定的」であることが少なくなく、「新たな治療方法の開発」が求められています。
この点、研究所・老化機構研究チームの高山賢一専門副部長の研究グループは、高齢男性で患者が急増し、死亡者も急増している「前立腺がん」に着目(検診による早期発見により根治も見込めるが、進行した状態で見つかることも多い)しました。
前立腺がんは、男性ホルモンである「アンドロゲン」により悪性化が進行するため、男性ホルモンを抑える治療(ホルモン療法)が有効ですが、治療を継続する中で「薬剤が効かなくなる」→「再発、難治化して死に至る」という課題が浮上しています。
この点、悪性化、治療抵抗性に至ったがんでは「ゲノム(DNA配列)自体が変化している」ことが分かっています。
細胞中の「核」(細胞の性質を決定する)の中には「DNA」(遺伝情報)があります。このDNAから必要な情報が読み込まれ、細胞の働きに重要なタンパク質を作る指令が出されます。この情報読み込みの際には「転写因子」と呼ばれるタンパク質が働きます(転写因子タンパク質が、DNAから必要な遺伝子情報を読み込み、細胞の働きに重要なタンパク質合成のためのスイッチを入れる)。
しかし、悪性化、治療抵抗性に至ったがん細胞では、DNAそのものが変化し、例えば「p53」と呼ばれるがん抑制転写因子は、悪性度の高いがんでは遺伝情報が変異し「正常に働いていない、欠損している割合が増える」ことが明らかになっています。
また、スイッチ役である「転写因子」について、異常増加が起きることでもがんが変化します。例えば、ホルモン療法に抵抗性を獲得したがん細胞では、アンドロゲン受容体(AR)が「異常に増える」ことがわかっています(「ARの遺伝情報があるDNAが局所的に増幅する、あるいは遺伝情報が読まれやすくなっている」変化が主な原因)。
高山賢一専門副部長の研究グループは、東京大学医学部付属病院の泌尿器科と共同で、この「転写因子の増幅」に着目して研究を実施。具体的には(1)治療抵抗性になり転移を起こした前立腺がんの組織(2)まだ治療が初期段階の前立腺がん組織(3)がん化していない組織—を比較し、「どの遺伝子が変化しているか」を網羅的に解析。
そこでは、「OCT4」と呼ばれる、「細胞が未分化な初期状態(いわゆるiPS細胞)になるために必須の遺伝子」が、上述した前立腺がんにおいて鍵となる「AR:アンドロゲン受容体」という転写因子と中心としたタンパク質群と複合体を形成して「がんが悪性化」するような遺伝子の活性化を広くコントロールしていることが分かりました。
また、ホルモン療法が効かない、抗がん剤も効かない最終的な状態では「ARが発現しなくなる」のですが、OCT4遺伝子は、そのようながん組織において「別の転写因子NRF1」と会合していることも分かりました。この「OCT4とNRF1との複合体」は、抗がん剤の耐性に重要なDNA修復に関係している一群の遺伝子を制御していました(つまりDNA修復を邪魔している)。
今般の研究では、このように「転写因子間で複合体が形成される」→「新たなネットワークを生む」→「がん細胞が、抗がん剤への耐性を獲得する」という流れにあることが示されました。
ところで、最近の研究では「転写因子タンパク質が『相分離』の性質を持ちやすい」ことが明らかにされました。「相分離」とは均一な混合物からの2つの区別できる相が生成される物理現象です(例えば「水分と油分を混合したサラダドレッシングでは『水分の相』と『油分の相』ができる」といったイメージ)。
細胞の中で相分離が生じると、「タンパク質が細胞内に拡散せず、一部に集中した集合体を形成する」ようになります。今般の研究でも、「OCT4遺伝子の増加が、転写因子タンパク質のARやNRF1を中心とする複合体の相分離を高める」ことが示され、さらに「転写因子の相分離が生じる」→「転写因子集合体の形成能が高まる」→「がんを悪性化する遺伝子の情報を読み解く機能が高まってしまう」ことも示されています。
一方、抗ウイルス剤である「リバビリン」(販売名:レベトールカプセル200mg)を投与すると、これらの「集合体の形成を弱める」ことも見出されました。リバビリンは「OCT4遺伝子が高く発現しているがんに対し、抗がん剤の効きを良くする」作用を持ちます。
高山賢一専門副部長の研究グループは、こうした研究結果を発展させ「治療抵抗性に至ったがんに対し、新たな治療法を確立する道」を開いていくと強調しています。
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