悪質なクレーマー患者や、悪意ある医療費不払い患者の診療拒否は正当―厚労省
2020.1.6.(月)
緊急性が低い、つまり病状の安定している患者については、診療時間内であっても様々な要素を考慮して「診療を行わない」ことが正当化される場面が広く考えられ、また診療時間外には即座の対応を断ることも認められる。ただし、時間内受診の依頼や他医療機関受診の紹介などを行うことが望ましい―。
また、診療内容と関係のないクレームを繰り返す患者や、悪意を持って医療費を支払わない患者については、診療を行わないことが正当化される―。
厚生労働省は12月25日に通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」を発出し、こうした点を明らかにしました(厚労省のサイトはこちら(医師の働き方改革の推進に関する検討会資料))。
患者の病状や医療機関の機能を考慮し、「他院への転院を実施する」行為も正当
医師の働き方改革を進める議論の中で「応召義務の在り方」が論点の1つとなりました。
医師法第19条第1項では「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合、正当な事由がなければ拒んではいけない」旨が規定されています。これがいわゆる「応召義務」です。この応召義務の解釈如何によっては「医師はいついかなる場合であっても、患者からの診療の求めを拒んではならない」との考えが導かれてしまい、例えば不要不急の時間外診療にも常に対応しなければならないことにつながりかねません。しかし、この解釈が不合理なことは当然で、この誤った解釈がモンスターペイシェントの存在を許し、また医師に不当かつ過剰な労働を強いていることにもつながっています。
そこで厚労省は研究班(「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈についての研究」班)を設置し、「応召義務」とは何か(法的な意義など)、さらに「どういう場面で、診療を拒むことが医師法第19条第1項違反とならないのか」(違反の恐れがあれば、医師は訴訟を恐れ、やはり過重な対応をしなければならなくなってしまう)などの検討を進めてきました。
すでに検討内容の一部は「医師の働き方改革に関する検討会」や「社会保障審議会・医療部会」に報告されており、今般、厚生労働省医政局長が明確な整理を行ったものです。
まず、厚労省は応召義務の法的性質について、▼医師・歯科医師(以下、医師等)が国に対して負担する公法上の義務であり、患者に対する私法上の義務ではない(応召義務違反のみによっては、損害賠償義務等は原則として生じない)▼労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等も応招義務の問題ではない(勤務医が、医療機関の使用者から労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等を受けた場合に、労働基準法等違反を理由に診療等の労務提供を拒否しても応招義務違反にはあたらない)―点を明確にしています。ここから、「応召義務が際限のない長時間労働を求めている」との解釈が成り立たないことが明らかになります。
ただし組織としての医療機関は、応招義務とは別に、患者からの診療の求めに応じて必要かつ十分な治療を行うことが求められ、正当な理由なく診療を拒んではいけません(「病院診療所の診療に関する件」(昭和24年厚生省医務局長通知))。
では、どういった場合に「患者を診療しないことが正当化される」のでしょうか。この点、厚労省は「患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)」が最重要要素であり、ほかに、▼診療時間・勤務時間内であるか否か▼患者と医療機関・医師等の信頼関係―などの要素を考慮して判断する必要があると指摘。この3要素に沿って、「患者を診療しないことが正当化される事例」を次のように整理しています。
●緊急対応が必要な場合(病状の深刻な救急患者等)
【診療時間内・勤務時間内である場合】
▽▼医療機関・医師等の専門性・診察能力▼当該状況下での医療提供の可能性・設備状況▼他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)―を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ診療しないことが正当化される
【診療時間外・勤務時間外である場合】
▽応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則、公法上・私法上の責任に問われることはない
▽また、必要な処置をとった場合でも、医療設備が不十分なことが想定されるため、求められる対応の程度は低く(例えば、心肺蘇生法等の応急処置の実施等)、診療所等の医療機関へ直接患者が来院した場合、必要な処置を行った上で、救急対応の可能な病院等の医療機関に対応を依頼することが望ましい
●緊急対応が不要な場合(病状の安定している患者等)
【診療時間内・勤務時間内である場合】
▽原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある
▽ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、上述の医療機関・医師等の専門性・診察能力などのほか、「患者と医療機関・医師等の信頼関係」なども考慮して、診療しないことが正当化される場合は「緩やか」に解釈される
【診療時間外・勤務時間外である場合】
▽即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化される
▽ただし、「時間内の受診依頼」「他の診察可能な医療機関の紹介」などの対応をとることが望ましい
さらに、上記の一般的な考え方を踏まえて、次のような具体的なケースについて「診療しないことが正当か否か」についても整理しています。なお、「緊急対応が必要な場合」には、こうしたケースであっても上述の【診療時間内・勤務時間内である場合】【診療時間外・勤務時間外である場合】の整理に従い、また「緊急対応が不要かつ診療時間外・勤務時間外である場合」には、やはり上述の整理(即座の対応は必要ないが、「時間内の受診依頼」や「他医療機関の紹介」などの対応が望ましい)に従うことが求められます。
●患者の迷惑行為
▽診療・療養等において生じた、また生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(例えば、診療内容そのものと関係のないクレーム等を繰り返し続けるなど)には、新たな診療を行わないことが正当化される
●医療費の不払い
▽以前の医療費不払いのみを持って診療しないことは正当化されない。例えば、保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されない
▽しかし「支払能力があるにもかかわらず、悪意を持ってあえて支払わない場合」などには、診療しないことが正当化される。例えば、医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される。また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には「悪意のある未払い」と推定される場合もある
●入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院等
▽「医学的に入院の継続が必要ない場合に退院させる」ことは正当化される(通院治療等で対応すれば足りる)
▽病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介し、転院を依頼・実施することなども原則として正当化される(医療機関相互の機能分化・連携を踏まえ、地域全体で患者ごとに適正な医療を提供する観点から)
●差別的な取扱い
▽年齢、性別、人種・国籍、宗教等のみを理由に診療しないことは正当化されない
▽ただし、「言語が通じない」「宗教上の理由等により結果として診療行為そのものが著しく困難である」といった事情が認められる場合にはこの限りではない(診療しないことが正当化される場合がある)。
▽特定の感染症への罹患など「合理性の認められない理由」のみに基づいて、診療しないことは正当化されない
▽ただし、1類・2類感染症など「制度上、特定の医療機関で対応すべきとされている感染症」に罹患している、またはその疑いのある患者等についてはこの限りではない(診療しないことが正当化される場合がある)
●訪日外国人観光客をはじめとした外国人患者への対応
▽診療しないことの正当化事由は、日本人患者の場合(上述)と同様に判断することが原則
▽「文化の違い」(宗教的な問題で肌を見せられない等)、「言語の違い」(意思疎通の問題)、特に観光客では「本国に帰国して医療を受けられる」などの点で日本人患者と異なる点があるが、これらの点のみをもって診療しないことは正当化されない
▽ただし、文化や言語の違い等により、結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合にはこの限りではない(診療しないことが正当化される場合がある)
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