「特定医師の長時間労働が常態化」している過疎地の救急病院など、優先的に医師派遣―医師働き方改革検討会(1)
2019.3.13.(水)
医師の働き方改革に関する議論が、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」(以下、検討会)で大詰めを迎えています。
3月13日の検討会では厚労省から、これまでの提案・議論を整理した「報告書」案が示され、これに基づいた議論を行いました。医師の時間外労働上限のうち、「地域医療確保のために必要な特例水準」(いわゆるB水準)については依然、賛否両論が出ており、3月中の取りまとめに向けて、集中的な調整が進められます。
B水準の1860時間には依然、賛否両論
この4月(2019年4月)より「時間外労働の限度を、1か月当たり45時間、かつ1年当たり360時間とする原則を設け、これに違反した場合には、特例の場合を除いて罰則を課す」「労使が合意して協定を結ぶ場合においても、上回ることができない時間外労働時間(特例)を年720時間(=月平均60時間)とする」といった改正労働基準法が適用されます(看護師などにも適用される)。
医師(勤務医)については応召義務などの特殊性があることから、今年(2019年)3月までに「規制の在り方」を検討会で固め、2024年4月から適用することになります。
これまでに検討会では、医師の労働時間を的確に把握・管理し、労働時間短縮(例えば、医師でなくとも実施可能な業務を、他職種に移譲していくことや、労働と研鑽の切り分けを明確化していく、など)を進めた上で、次のような時間外労働の上限(労使が合意したとしても超過できない)を設定してはどうか、といった提案が厚労省からなされています(関連記事はこちらとこちら)。
【原則】(A水準)
▽年間960時間以下・月100時間未満
▽やむを得ず月100時間を超える場合には「産業医等による面接に基づく必要な措置(就労制限など)をとる」ことを義務化し、あわせて連続勤務28時間以内・勤務間インターバル9時間以上などの努力義務を課す
【地域医療を確保するための特例】(B水準、地域医療確保暫定特例水準)
▽年間1860時間以内
▽連続勤務28時間以内・勤務間インターバル9時間以上などを義務化するとともに、やむを得ず月100時間を超える場合には「産業医等による面接に基づく必要な措置(就労制限など)をとる」ことを義務とする
【技能向上のための特例】(C水準)
▽年間1860時間以内
▽連続勤務28時間以内・勤務間インターバル9時間以上などを義務化するとともに、やむを得ず月100時間を超える場合には「産業医等による面接に基づく必要な措置(就労制限など)をとる」ことを義務とし、さらに初期臨床研修医(C1)については更なる配慮を行う
このうち、特に争点となっているのが「B水準」「C水準」です。本稿ではB水準に関する議論を紹介し、C水準論議については別稿でお伝えします。
まず1860時間という時間設定については、労働組合を代表する立場で参画している村上陽子構成員(日本労働組合総連合会総合労働局長)が、依然として明確に「反対」を表明。
しかし、病院経営者代表である岡留健一郎構成員(日本病院会副会長)は、「1860時間でも医療界全体が全力で取り組まなければ実現できない厳しい水準だ。早急に、1860時間を目標に据えて、労働時間管理・労働時間短縮に取り組むべきではないか」と指摘。
また救急医療に従事する赤星昂己構成員(東京女子医科大学東医療センター救急医)も、「数字だけからは長く見えるが、救急医療の現場からの実感として『短すぎる。実現できるか』と感じる。『守れないルール』(より短い上限時間)をつくれば、隠れたサービス残業などが横行してしまう。まず『守れるルール』を設定する必要がある。」と述べ、厚労省案を妥当なものと評価しています。
検討会では、意見を一本化することが求められており(両論併記は好ましくない)、今後、さらなる調整が進められます。
また、B水準の上限時間が段階的に短縮し、2035年度末には廃止する方針が示されています(2036年度からはA水準とC水準の2本立てとすることを目指す)。医師の健康を確保するために極めて重要な仕組みですが、村上構成員や赤星構成員、森本正宏構成員(全日本自治団体労働組合総合労働局長)らは、「2035年度末でB水準を廃止する」ことをより明確にすべき(例えば厚労省への義務とする)と要望しています。ただし、B水準の廃止(つまり医師の働き方改革実現)は、医師の地域偏在対策や地域医療構想の実現(医療機能の分化・連携の強化)と連環するとともに、地域医療に悪影響が出ていないかを検証することなども必要となるため、現時点で「厳格なスケジュール」を立てることは難しそうです。
B水準医療機関の対象、厚労省が追加で新提案を行ったが、、、
ところで、B水準の医療機関となるためには、「労働時間の短縮策を進めてもなおA水準(960時間)が満たせず、かつ地域医療に必要な医療機関」として都道府県知事に特定される必要があります。さらに、B水準医療機関でも、「B水準が適用される業務と医師を36協定締結時に特定する」(どの業務に携わる、どの医師がA水準(960時間)を超えた労働時間が可能になるのか)必要があります。
「地域医療に必要な医療機関」について、厚労省は(1)3次救急医療機関(2)▼救急医療に大きな労力を費やしている2次救急医療機関(3)在宅医療で特に積極的な役割を担う医療機関(4)都道府県知事が地域医療の確保のために必要と認める医療機関(小児救急医療機関や、へき地の中核医療機関など)(5)特に専門的な知識・技術や高度かつ継続的な疾病治療・管理が求められ、代替することが困難な医療を提供する医療機関(高度がん治療、移植医療等極めて高度な手術・病棟管理、児童精神科等)―などを例示しています。今般、(2)について、▼2次救急▼年間救急車受け入れ1000台以上、または年間の夜間・休日・時間外入院500件以上▼医療計画で5疾病5事業確保に必要と位置づけ―の3要件をすべて満たすこととしてはどうか、(4)について「特に患者が集中する精神科救急対応医療機関」を例示してはどうか、との考えも示しました。
(1)から(4)のうち、労働時間短縮を進めてもなおA水準を満たせない施設は全国で1500施設((1)3次医療機関の9割+(2)から(4)の7割)になると推計されます。もっとも病院団体からは、「救急車受け入れ台数は、病院の規模によって異なる。一律の台数基準ではなく、100床当たりの受け入れ台数などとしてはどうか」との指摘も出ており、今後、調整される可能性もありそうです。
なお、一度B水準医療機関として特定されたとしても、追加的健康確保措置(連続勤務時間制限や勤務間インターバル確保など)を実施していないことなどが明らかになれば、「特定の取り消し」などが検討されます。しかし、地域によっては「当該病院しか救急患者を受け入れる施設がない。また医師確保も難しく、救急患者対応のためにはインターバル確保が困難である」などの特殊性も考えられ、これは1医療機関で解決することはできません。こうした場合、地域の医療提供体制の再構築(救急対応を行う病院へ、地域の医師を集結させるなど)など、広域的な解決策を探ることになります。今村聡構成員(日本医師会副会長)や福島通子構成員(塩原公認会計士事務所特定社会保険労務士)は、「医療機関は、望んで法(労働基準法など)に違反しているわけではなく、地域医療確保との狭間で苦悩している」と述べ、「違反、即、B水準取り消し」とならないよう強く求めています。
特定医師の長時間労働が常態化する医療機関へ、医師派遣等を優先的に実施
ところで、過疎地の病院等では「救急医療に従事する医師」が限られていることから、「特定の医師が、長期間にわたって1860時間近い時間外労働をせざるを得ない」ことが生じそうです。そこでは、産業医等が面接を行い「業務へのドクターストップ」をかけたとしても、当該医師は「自分が業務につかなければ、患者が死亡してしまう」との強い責任感から、業務を継続することになるでしょう。
こうした場合に、上述のような「地域医療提供体制の再構築が進むまで我慢してほしい」と期待することは酷で、その間に健康・生命への被害が発生する可能性もあります。これを放置することは許されないため、厚労省は新たに「医師偏在対策において優先的な対応を行う」考えを示しています。
医師偏在対策の一環として、「医師少数区域・都道府県」と「医師多数区域・都道府県」を定め、後者(医師多数)から前者(医師少数)へ医師派遣等を促す仕組みが構築されます(2019年度に各都道府県で「医師確保計画」を策定し、2020年度から実行)。その際、医師少数区域の中でも、「特定の医師において長時間労働が常態化している医療機関」に最優先で医師派遣等を行うことになります。「医師が派遣されてくる」ことが分かれば、上記の救急医のドクターストップ要請を受け入れやすくなるでしょう(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちらとこちら)。
このためには都道府県が、個別医療機関の状態を十分に把握していることが前提となることから、都道府県と各医療機関との極めて緊密な連携が必要となります。
また、医師派遣要請等が円滑・迅速に行われるよう、厚労省は「どの地域・医療機関に、どういった経歴の医師がいるのか」が把握できるようなデータベースを構築する考えも示しており、期待が集まります(どの医療機関に「医師を派遣してほしい」と要請すればよいかが把握しやすくなる)。
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