医師の健康確保、「労働時間」よりも「6時間以上の睡眠時間」が重要―医師働き方改革検討会
2018.11.12.(月)
医師の健康を確保するためには、「労働時間の短縮」よりも「睡眠時間の確保」が重要である。このため、「連続勤務時間制限」と「インターバル規制」をセットで実施することが重要である―。
11月9日に開催された「医師の働き方改革に関する検討会」(以下、検討会)で、順天堂大学医学部公衆衛生学講座の谷川武教授からこういった報告が行われました。医師の働き方改革に向けて、極めて重要な報告と言えます。
目次
睡眠時間確保に向け、連続勤務の制限や勤務間インターバル、振替休暇などをセットで整備せよ
安倍晋三内閣の進める「働き方改革」の一環として、勤務医も「罰則付き時間外労働規制」の対象となります。ただし、医師には応召義務が課されるなどの特殊性があるため、「医療界の参加の下で検討の場(検討会)を設け、質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現を目指し、規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得る」こととされました。
検討会では、単に労働時間を規制するのみでなく、勤務環境の改善などさまざまな角度から「医師の働き方改革」を検討することが重要と考え、来年(2019年)3月の報告書取りまとめに向けて、次の3分野を併行的かつ統合的に議論していくこととしています(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちら)。
(1)働き方改革の議論を契機とした、今後目指していく医療提供の姿(▼国民の医療のかかり方▼タスク・シフティング等の効率化▼医療従事者の勤務環境改善—など)
(2)働き方改革の検討において考慮すべき、医師の特殊性を含む医療の特性(応召義務など)
(3)医師の働き方に関する制度上の論点(▼時間外労働の上限時間数の設定▼宿日直や自己研鑽の取扱い―など)
11月9日の検討会では、(1)のうち「医療従事者の勤務環境改善」に焦点を合わせ、我が国の睡眠医学の第一人者である谷川教授から「エビデンスに基づく医師の健康確保措置」について発表が行われました。
谷川教授は、▼外国の研究結果▼厚労省のタイムスタディ調査結果の解析―をもとに、医師の健康確保にあたっては、労働時間の短縮よりも「睡眠時間の確保」(6時間以上)が重要と訴えました。例えば、厚労省のタイムスタディ調査を解析したところ、「高ストレス・抑うつ」の割合は、就労時間が「60時間以上」と「60時間未満」との間で、また「80時間以上」と「80時間未満」との間で有意な差は見られませんが、睡眠時間については「6時間以上」に比べて「6時間未満」では有意に増加するのです。この結果からは、「医師のストレスや抑うつには、労働時間の長短は関係ない」「睡眠時間が6時間未満になると、ストレスが高く、抑うつ状態になりやすい」ことが分かります。
また、夜勤等で「短時間の仮眠→救急対応などの業務→短時間の仮眠」等を繰り返すケースでは、合計の睡眠時間こそ確保していても、睡眠時無呼吸症候群と同じように「質の良い睡眠」は確保されません。
さらに、慢性的な睡眠不足となると、「主観的な眠気は感じないものの、客観的な覚醒度は低下する」という研究結果も報告されました。
ところで、長時間労働の中には、▼「やりがいを持っている」ケース(ワークエンゲイジメント)▼「強迫的に働いている」ケース(ワーカホリック)—とが混在していると谷川教授は指摘します。労働者自身では、両者の峻別が困難なこともあり、例えば産業医が面談するなどして両者を峻別し、後者のワーカホリックでは「業務停止を促し、リカバリーする」ことなども重要となってくるでしょう。
こうした点を総合し、谷川教授は、医師の健康を確保するために、▼「連続勤務時間の上限」と「勤務間インターバルの確保」(例えば米国では8時間のインターバルが必須で、10時間以上が望ましいとされている)をセットで実施する▼振替休暇などの仕組みを導入する▼医師が面談などを行い、客観的に「睡眠不足である」旨などを示すとともに、必要があれば就業制限などを提案する―という施策を組み合わせて実施することが重要と提案しています。
検討会委員からは、谷川教授の発表に対し「感銘を受けた」「自身の経験に照らして納得できる」との意見が数多く出されました。「時間外労働の上限規制」は、そもそも勤務医も含めた労働者の健康確保が目的です。この点、「労働時間の短縮では、健康は確保できない」ことが確認されたと言え、今後、「時間外労働の上限」(医師の特例)だけでなく、セットで実施すべき方策(連続勤務時間の上限やインターバルなど)も併せて検討していくことになるでしょう。
もっとも、救急医療を始めたとした「医療提供体制の確保」との両立も、極めて重要な視点です。ただちに「全勤務医に勤務間インターバルを●時間確保しなければならない」となった場合、現在の医療提供体制を維持するには「医師の増員」が不可欠です。しかし、慢性的な医師不足地域で、新たな医師を確保することは極めて困難です。そのためには、例えば「病院の統合・再編」によって医師1人当たり負担を軽減することなども重要な選択肢になってくることでしょう。今後の具体策検討論議が注目を集めます。
医療提供体制の確保も考えれば「タスク・シフティング」が不可欠
前述のとおり、「連続勤務時間の制限」などを実現した上で、医療提供体制を確保するためには、「医師の増員」が必要となってきますが、地方では慢性的な医師不足状態と指摘されています。このため検討会では「タスク・シフトティング」にも注目が集まっています。医師は、「医師免許保持者でなければ実施できない」業務に集中し、他職種でも可能な業務は、他職種に移管していく、というイメージです。
例えば長時間勤務の代表例ともされる外科医では、▼手術▼自己研鑽(症例検討など)—を他職種に移管することは困難なため、例えば「ICUや病棟での管理」「外来業務」「当直待機」などについて、どの部分を他職種に移管できるかを具体的に検討していく必要があります。
この点については、例えば「特定行為研修を修了した看護師」(一定の医行為を医師・歯科医師の包括的指示の下で実施可能)の活用などが、さらに重要になってきます。関連して委員からは▼業務の標準化(工藤豊構成員:保健医療福祉労働組合協議会事務局次長)▼医師の指示なく一定の医行為を実施できる「診療看護師」の検討・創設(山本修一構成員:千葉大学医学部附属病院院長、国立大学附属病院長会議常置委員長)属人性の高い業務は移管が極めて困難)▼各職種の業務内容の精査とタスク・シフティングの可能性の検討・検証(岡留健一郎構成員:福岡県済生会福岡総合病院名誉院長、日本病院会副会長)—などを求める声が出ています。
タスク・シフティングについては、すでに今年(2018年)2月に検討会が「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」をまとめており、そこでは▼初療時の予診▼検査手順や入院の説明▼薬の説明や服薬指導▼静脈採血▼静脈注射▼静脈ラインの確保▼尿道カテーテルの留置(患者の性別を問わない)▼診断書等の代行入力▼患者の移動―などの業務は、原則として他職種に移管し、医師が行うべきではない、との考えが明確にされています(関連記事はこちら)。
もっとも、四病院団体協議会(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会)の調査(2018年5・6月に実施)では、こうした緊急的な取り組みの実施は、▼一般病院では26.8%が実施済で、33.7%が実施予定▼大学病院では30.3%が実施済で、55.7%が実施予定―などにとどまっており(関連記事はこちら)、さらに積極的な姿勢が期待されます。
厚労省では、「緊急的な取り組み」をさらに推進するとともに、▼「時間」を意識した医療機関運営▼タスク・シフティング、タスク・シェアリング(業務の共同化)、国民の医療のかかり方、医療機関の機能分化・連携▼医療提供の維持(縮小を招かないように)—などを更なる検討課題に掲げています。
育児休業を取得できない最大の理由は、育児休業制度の「未整備」
なお、関連して女性医師支援策として厚労省は、▼院内保育・病児保育などの整備▼育児休業を取得できる環境の整備▼出産や育児における休暇を取得できるよう、新専門医制度における「カリキュラム制」の整備(年限や研修施設を定めず、一定の症例数などを経験することで専門医試験の受験資格を得られる仕組み)▼外来における「オンライン診療」の進展などを踏まえた、「入院におけるICT活用やチーム医療推進」などの検討▼男性の育児参加推進―などを今後の論点として掲げました。
この点、日本医師会の2015年調査では、女性医師が育児休業を取得しなかった最大の理由(35.5%)として「育児休業制度が整備されていない」という驚愕の結果が出ています。
1995年より全事業所で「育児休業」制度を整備することが義務付けられています。零細事業所等で未整備なところがあると聞きますが、病院においては、その社会的役割等にも鑑み、早急な整備が必要でしょう。
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