勤務医の時間外行為、「研鑽か、労働か」切り分け、外形的に判断できるようにしてはどうか―医師働き方改革検討会
2018.11.20.(火)
医師が時間外に行う症例検討や術式の検討などについて、「労働」なのか、「研鑽」なのかを明確にする必要がある。また「研鑽」については外形的にも「研鑽中である」と判断できるように、例えば上司が「研鑽を行う」旨を確認した上で「通常と異なる場で研鑽を行う」「白衣の着用を避ける」などし、「労働時間」との混同を避けるような取り組みを考えてはどうか―。
11月19日に開催された「医師の働き方改革に関する検討会」(以下、検討会)で、こういった議論が行われました。
目次
医療の不確実性や公共性を踏まえた「時間外労働の上限」を勘案することが必要
医師の働き方改革をめぐり、検討会では、単に労働時間を規制するのみでなく、勤務環境の改善などさまざまな角度から「医師の働き方改革」を進めていくことが重要と捉え、来年(2019年)3月の報告書取りまとめに向けて、次の3分野を併行的かつ統合的に議論していくこととしています(関連記事はこちら)。
(1)働き方改革の議論を契機とした、今後目指していく医療提供の姿(▼国民の医療のかかり方▼タスク・シフティング等の効率化▼医療従事者の勤務環境改善—など)
(2)働き方改革の検討において考慮すべき、医師の特殊性を含む医療の特性(応召義務など)
(3)医師の働き方に関する制度上の論点(▼勤務医にかかる時間外労働上限時間の特例設定▼宿日直や自己研鑽の取扱い―など)
11月19日の検討会では、(2)のうち「医師・医療の特殊性」、(3)のうち「研鑽」(自己研鑽)を議題としました。
まず(2)の医師・医療の特殊性としては、▼不確実性(患者の容体変化などは予測不可能な部分もある)▼公共性(国民の健康・生命を守らなければならない▼高度の専門性(業務独占であり、また養成には10年程度が必要となる)▼不断の技術革新と水準向上(日々進歩する技術を、医師個人が獲得していかなければならない)—という4点が掲げられます。もちろん、他の分野・業種でもこうした要素はありますが、こと医療においては、それが色濃い点には疑いがないでしょう。
検討会では、最終的に「勤務医における時間外労働の上限」を設定することになります。その際、「勤務医の健康確保」のために、上限は「可能な限り短時間である」ことが求められ、他職種への業務移管(タスク・シフティング)や効率的な医療提供体制の構築(医療機能の分化・連携の強化など)を進めていく必要があります。しかし、上記の「不確実性」「公共性」に鑑みた「時間外労働の上限」を考える必要もでてきます(つまり「当面」は、一定程度、長時間にならざるを得ない)。
さらに、人命の救助などのために「時間外労働の上限」を超えた労働を求めなければならない場面も想定されます。
いわゆる「医療界の統一見解」とされる「医師の働き方改革に関する意見書」でも、▼医師の労働時間上限に関する「特別条項」の設定▼特別条項を超えた労働をしなければならない時期等に鑑みた「「特別条項の特例」を設定―が提唱されており、基本的な考え方は同じと見ることができます(関連記事はこちら)。
なお、時間外労働上限の設定に関連して今村聡構成員(日本医師会副会長)は、診療萎縮にならないよう「時間外労働が上限をわずかにオーバーしただけで労働基準監督署が送検手続きを行うような運用はやめてほしい」と強く要請。厚生労働省労働基準局監督課の石垣健彦課長は「労働基準監督署は、まず使用者に過剰労働がある実態を認識してもらい、是正してもらうために行政指導を行っている。検討会でも提示された医療現場の事情を踏まえて対応するよう、現場を指導していく」との考えを示しています。
医師の時間外の行為、「研鑽」か「労働」かの切り分けを
また、医師・医療の特殊性には、上記のように「高度の専門性」「不断の技術革新と水準向上」という要素もあり、日々の「研鑽」(自己研鑽)が欠かせません。ただし、現在では、勤務終了後も病院等に残り症例研究等を行う行為が、「労働なのか、研鑽なのか」の切り分けが明確でなく、例えば「研鑽中として『労働』時間にはカウントされないにもかかわらず、急患対応などで診療に従事しなければならないケースもある」といった問題や、逆に「純粋な自己研鑽であるにもかかわらず、『労働』として残業申請される」という問題もあります。さらに、病院経営者サイドから「労働時間にカウントされるので、就労時間が過ぎたら、すみやかに帰ってほしい」との要請が出た場合、医師の「研鑽」に対するモチベーションが下がり、医療水準が低下してしまう危険性もあります。
厚生労働省は、こうした問題を是正するためには、まず「研鑽」と「労働」を明確に切り分ける必要があるとし、次のような考えを提案しました。
(i)▼労働からの離脱が保障されている状態で行われる▼「不利益な扱いによる実施の強制」がないなど、自由な意思に基づき実施されている―など、「使用者から明示・黙示の指示がない」と認められるケースは「研鑽」である
(ii)労働時間に該当するか否かは、就業規則等の定めに関わらず、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたもの」と評価することができるか否かで客観的に定まり、また、個別具体的に判断される
(iii)ある勤務医の時間外の行為が「研鑽」に該当するかどうかは、医療の高度性・専門性に鑑みれば、当該医師の上司が、▼当該勤務医の経験や業務▼病院が当該医師に求める医療提供の水準—などを踏まえて、どの範囲を「現在の業務上必須である」と考えて指示をしたか、で判断せざるを得ない
(iv)客観的(外形的)に、ある勤務医が「研鑽をしている」のか、「労働に従事しているのか」を明確に判断できるような考え方、手続きを定めておく必要がある
やや複雑ですが、「ある勤務医が、自由意志で(上司の指示によらず)、業務と関連の薄い行為を、一定の手続きを経て行う」場合には「研鑽」に該当し、「業務と関連する行為を行う」あるいは「上司の指示によって行為を行う」場合には「労働」に該当する、と整理できそうです。
例えば、診療などの本来業務はもちろん、その準備や後処理なども業務に関連が深いため、「上司の指示」の有無にかかわらず、原則として「労働」と扱われます。また、学会の準備など業務との関連が比較的薄い行為については、上司の指示(明示だけでなく、黙示も含む)があると認められる場合には「労働」と扱われます。
厚労省は、これらの考え方に沿うと、例えば▼「時間外に、自らが術者等である手術・処置等の予習・復習」などを行う場合には、「業務との関連が深い」ことから原則として「労働」に該当するが、「担当患者でない症例について、術式の研究などを自由意志で、上司の指示なく行う」場合には、「研鑽」に該当する可能性が高くなる▼「時間外の院内勉強会等への参加」は、仮に院内で「奨励」されていても、参加不参加が自由意志に委ねられている場合には、「研鑽」に該当するが、不参加者には不利益が課されるなど、参加が余儀なくされているような場合には「労働」に該当する―などの一般的例示ができるのではないかと説明しています。
構成員からは、現場が明確に判断できるよう、また判断に大きなバラつきが生じないよう「具体例や基準の明示」を求める声が多数出されました。厚労省は、制度運用の前に基準や具体例を示す構えですが、「実例の判断」を蓄積する中で考えが固まっていく要素もあります。
また城守国斗構成員(日本医師会常任理事)は、研鑽と労働との切り分けについて「非常に困難」であることを強調した上で、仮に切り分けをするにしても「医療現場と労働基準監督署との間で齟齬が出ないような仕組み」(例えば中間的な人材・組織の配置など)を設ける必要があると提案しています。
「研鑽」は上司の確認を得て実施するなどの手続き案を厚労省が提案したが・・・
また厚労省は、(iv)の「研鑽か労働かの判断」に関する手続きについて、次のような考え方も示しています。
(A)時間外に在院して「研鑽」を行う場合には、自ら申し出て、上司による確認を得る。院外での研鑽について「労働」と扱う場合には上司が指示を出す。確認や指示は記録に残し、3年間保存する(事後に検証可能とする)
(B)「研鑽」は、通常勤務(労働)とは明確に切り分ける(例えば、▼上司から「業務から離れてよい」との許可・指示を受けた後に行う▼勤務場所とは別の場で行う▼白衣等を着用しない―など)
(C)「研鑽」のために在院する医師は診療体制に含めず、突発的な必要性が生じた場合を除き、診療等の業務への従事を指示しない
(D)医療機関ごとに、「研鑽に対する考え方」「研鑽を行うための手続き」「研鑽は診療体制に含まれない旨」などの取扱いを明確化し、書面等に示す
(E)医師だけでなく、共に働く他職種も含めて当該手続き等を周知する
こうした考え方には、「小規模な病院では取り組みやすい」(遠野千尋構成員:岩手県立久慈病院副院長)という賛同意見もありますが、実行可能性に対する疑問の声も出ています。例えば、「事前の申請と上司の確認」という手続きについて山本修一構成員(千葉大学医学部附属病院院長)は、「大病院では、医師は病棟、医局など、さまざまな場に散らばっており、現実離れしていると感じる」とコメント。
また手続きを簡略化するために、厚労省は「月間の研鑽計画として申請し、それを上申が確認する仕組み」なども示していますが、裵英洙構成員(ハイズ株式会社代表取締役社長)は「研鑽したい、学びたいという意志はいつ生じるかは分からない。月間研鑽計画での運用には困難も伴う」旨の見解を示しています。
さらに山本構成員や裵構成員は、「手続きが煩雑となれば、上司が『面倒であり自分でやってしまおう』と判断するケースが増えるのではないか」とも指摘。「現場に沿った手続き」「上司が燃え尽きないような手当」の必要性も訴えています。
一方で、「手続きについては、当初は大変であろうが、運用する中で現場も慣れていく」と楽観視する見解(村上陽子構成員:日本労働組合総連合会総合労働局長)や、実行可能性担保するための工夫を求める声(例えば、ITの活用による研鑽・労務管理アプリの開発や、病院・上司への支援など)も出ています。今後も、実行可能な手続きに関する議論を深めるとともに、厚労省や都道府県等による支援も考えていく必要があるでしょう。
なお赤星昂己構成員(東京女子医科大学東医療センター救急医)は、「勤務医と上司との関係」にも鑑み、「学会等で、上司が研鑽を適切に管理しているかを確認する」仕組みの導入などを検討してはどうか、とも提案しています。
今回で、上記の(1)-(3)の各分野について一通りの議論が行われました。検討会では、さらなる論点の深掘りなどを行い、年明け(2019年)3月の報告書とりまとめを目指します。
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