抗酸化物質(ビタミンEなど)の過剰摂取は運動学習を阻害、活性酸素は運動記憶に必要な「善玉物質」でもある—都健康長寿医療センター研究所
2024.6.7.(金)
これまで身体にとって悪玉とされてきた「活性酸素」は、実は記憶の形成に必要不可欠な善玉物質でもある—。
活性酸素を除去する作用を持つ、ビタミンEなど)の抗酸化物質を過剰摂取することは、運動学習を阻害してしまうなど、生体に好ましい影響を与えない—。
東京都健康長寿医療センター研究所(東京都板橋区)は6月4日に、こうした点を改めて強調しました(研究所のサイトはこちら)(関連記事はこちら)。
ビタミンEを過剰投与したマウスでは、運動学習が阻害されてしまった
「活性酸素」は老化や生活習慣病の原因物質として知られており、「ビタミンCやビタミンE、ポリフェノール類などの抗酸化物質の生体作用に関する研究」が行われています。
しかし、生体内では必要な時に必要な場所で産生される制御された活性酸素も存在し、「活性酸素は生体内において重要な生理機能も担う」とも考えられています。脳にも活性酸素を作る酵素が存在し、「脳においても活性酸素が重要な機能を担っている」と推測されます。
脳の重要な機能の1つに「記憶学習」があり、合理的・効率的な行動や危険回避などに必要不可欠となっています。この点、上述のように「活性酸素を産生する酵素が脳に存在する」、「活性酸素が、標的となる分子に化学反応を介して持続的に影響を及ぼす」という特徴を持っています。これらのことから、「活性酸素は記憶学習の持続化に関与している」可能性が伺えます。
そこで、研究所の研究チームではマウスを用いて「活性酸素の記憶学習への関与」について研究を実施。
まず、活性酸素を吸収する作用をもち、抗酸化物質としても知られるビタミンEをマウスに「過剰量」(通常の2倍量、8週間)投与したところ、ある種の運動学習が顕著に阻害されました。運動学習には小脳が関与することが知られており、「ビタミンEが小脳の活性酸素を除去→運動学習が阻害された」可能性が考えられます。
ただし、ビタミンEはエサを通じて投与されたため全身に行き渡り、脳以外の部位にも影響している可能性もあります。そこで、次に、「活性酸素を分解する酵素」をマウスの小脳に注入(つまり小脳限定的に活性酸素を除去)したところ、上記のビタミンE過剰投与と同様に「運動学習が阻害」されました。
ところで、神経細胞-神経細胞間では「シナプス」とよばれる構造を介して接続し、情報伝達が行われます。「記憶学習」が形成される際には、シナプスにおける情報伝達が増強・減弱(抑圧)します(このシナプスでの情報伝達が変化することをシナプス可塑性とよぶ)。
小脳で運動学習記憶が形成される際には、「長期抑圧」と呼ばれるシナプス可塑性が必要ですが、活性酸素を分解する酵素を小脳に投与すると、この長期抑圧が完全に阻害されました。
これらの結果から、「活性酸素が小脳依存的な運動学習、さらに運動学習の神経基盤となるシナプスの可塑的変化に関与する」ことが示されました。
また研究チームでは、「活性酸素イメージング」という技術を用いて「シナプス可塑性時に活性酸素が作られる」ことも明らかにしました。小脳の長期抑圧を引き起こす神経活動を与えると、蛍光プローブ(活性酸素:赤色)のシグナル強度が上昇し、神経活動によって活性酸素が産生されたことが示され、この時、活性酸素を作る酵素の阻害薬を加えておくと、活性酸素の産生は観察されませんでした。ここから「長期抑圧が起こる際には、酵素の働きによって小脳の神経細胞で活性酸素が作られる」ことが明らかとなりました。
ところで、小脳の運動学習、その基盤となるシナプスの可塑的変化(長期抑圧)には「細胞内で情報を伝える様々なシグナル分子が関与する」ことが既に知られています。そこで研究チームでは「活性酸素が、どのようにして、これらのシグナル分子に情報を伝えるのか」を調べるため、「8-ニトロ-サイクリックGMP」という新しい分子に着目。▼この分子の産生には活性酸素が必要である▼この分子は分解されにくく、長期間にわたり他分子に影響を及ぼす性質をもつ▼この分子は、プロテインキナーゼGという、すでに運動学習やシナプスの長期抑圧への関与が示されていたシグナル分子を活性化する—ことから、「神経活動により産生された寿命の短い活性酸素は、この8-ニトロ-サイクリックGMPを介して持続的なシナプスの可塑性、運動学習に必要なシグナル分子を活性化する」と考えられるためです。研究チームでは「8-ニトロ-サイクリックGMPの阻害薬が、運動記憶および小脳シナプスの長期抑圧を阻害する」ことも確認しました。
こうした研究結果から、▼「悪玉因子」とされている活性酸素であるが、小脳が司る運動記憶に関与する▼寿命の短い活性酸素が、8-ニトロ-サイクリックGMPという寿命の長い分子を介して、運動記憶のように長期間にわたる脳機能に関与する—ことが分かります。
研究チームでは「生体内で活性酸素が生理的な役割を持つシグナル分子として働いており、『活性酸素は悪玉である』との従来概念が覆された。今後、神経科学や酸化ストレス研究などの分野、さらにリハビリテーション学や老化研究などに大きなインパクトを与える」とコメントしています。
これまで、「活性酸素は老化や生活習慣病の原因因子であり、活性酸素の除去が生体に良い影響を及ぼす」と考えられ、例えば運動中には多量の活性酸素が作られることから激しい運動をするアスリートも積極的に抗酸化物質(ビタミンC、ビタミンE、ポリフェノールなど)を摂取しているといいます。
しかし、今般の研究では、▼こうした抗酸化物質を過剰に摂取することは「生体に好ましい影響を与えない」▼活性酸素が運動記憶に必要な「善玉物質でもある」—ことが示されました。つまり、過剰な抗酸化物質摂取は「善玉活性酸素を除去して、運動記憶を阻害する」可能性があります。上述のように、マウス実験によって、抗酸化物質の1つである「ビタミンE」の過剰投与が運動学習を阻害することが実証されています。
研究チームでは「抗酸化物質の適切な摂取に関する研究」「活性酸素、8-ニトロ-サイクリックGMPの研究」が進むことで、「リハビリにおける運動記憶形成の効率化」や「各種運動能力の鍛錬方法の開発」、「運動効率の向上を通じた健康寿命の延伸」、「高齢者のQOLの維持・促進」に役立つと期待しています。
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