BRAFV600変異陽性グリオーマ小児へのダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法、腫瘍縮小などの優れた成果―患者申出療養評価会議
2024.6.21.(金)
12番目の患者申出療養である「BRAFV600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児を対象としたダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法」は、患者数は4例と少ないものの、短期間であるが「腫瘍の縮小」を含む一定の有効性を示す結果が示され、安全性にも大きな問題はない—。
6月20日に開催された患者申出療養評価会議で、総括報告書の評価が行われました。
この技術のうち「体重26kg以上の患者」を対象とした部分は、すでに昨年(2023年)11月に保険診療の対象範囲に含まれている(適応拡大)ことから、今回の総括評価結果から特段の動きにはつながりません。ただし、「体重26kg未満の患者」を対象とした部分は依然として保険外であるため、この総括報告書に示された有効性・安全性等のデータが「今後のさらなる保険適応確定論議」につながることに期待が集まります。
「体重26kg未満」患者へのダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の保険適用に期待
患者申出療養は、傷病と闘う患者の「海外で開発された未承認(保険外)等の医薬品や医療機器を使用してみたい」という希望・申し出を起点に、当該医療技術(未承認の医薬品等)に一定の安全性・有効性があることを評価会議で確認した上で、保険診療との併用を許可する仕組みです(2016年4月スタート)。
これまでに、次の18種類の患者申出療養が認められています(ただし「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「9」「10」「11」「12」の技術がすでに新規患者の登録を終了)。
(1)腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」
(2)心移植不適応な重症心不全患者への「耳介後部コネクターを用いた植込み型補助人工心臓による療法」(関連記事はこちら)
(3)難治性天疱瘡患者への「リツキシマブ静脈内投与療法」(関連記事はこちら)
(4)髄芽腫、原始神経外胚葉性腫瘍または非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍患者への「チオテパ静脈内投与、カルボプラチン静脈内投与およびエトポシド静脈内投与ならびに自家末梢血幹細胞移植術の併用療法」(関連記事はこちら)
(5)ジェノタイプ1型C型肝炎ウイルス感染に伴う非代償性肝硬変患者への「レジパスビル・ソホスブビル経口投与療法」(関連記事はこちら)
(6)進行固形がん(線維芽細胞増殖因子受容体に変化を認め、従来治療法が無効、かつインフィグラチニブによる治療を行っているものに限る)患者への「インフィグラチニブ経口投与療法」(関連記事はこちら)
(7)早期乳がん患者への「ラジオ波熱焼灼療法」(関連記事はこちら)
(8)遺伝子パネル検査でactionableな遺伝子異常を有すると判断された固形腫瘍に対する「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」(関連記事はこちらとこちら)
(9)HER2陽性の手術不能または再発の乳房外パジェット病患者に対する「トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ点滴静注用)静脈内投与療法」(関連記事はこちら)
(10)ROS1融合遺伝子陽性の進行性小児脳腫瘍患者に対する「エヌトレクチニブ(販売名:ロズリートレクカプセル)の経口投与療法」(関連記事はこちら)
(11)免疫グロブリンGサブクラス4自己抗体陽性難治性慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者に対する「リツキシマブ追加投与療法」(関連記事はこちら)
(12)BRAFV600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児を対象とした「ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法」(関連記事はこちら)
(13)BRAFV600変異陽性の局所進行・転移性小児固形腫瘍に対する「ダブラフェニブ・トラメチニブの第II相試験」(関連記事はこちら)
(14)EZH2阻害薬の有効性が期待される標準治療がない、または治療抵抗性の小児・AYA悪性固形腫瘍に対する「タゼメトスタット療法」(関連記事はこちら)
(15)胸部悪性腫瘍に対する「経皮的凍結融解壊死療法」(関連記事はこちらとこちら)
(16)筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する「EPI-589再投与」の安全性に関する研究こちら)
(17)線維芽細胞増殖因子受容体阻害薬投与歴のある進行固形がん患者に対するペミガチニブ経口投与療法(関連記事はこちら)
(18)小児・AYAがんに対する遺伝子パネル検査結果等に基づく複数の分子標的治療(関連記事はこちら)
6月21日の会合では、「6」「9」「12」「17」の技術を議題としました。
まず「12」の技術について見てみましょう。
悪性脳腫瘍の1つである「神経膠腫」(グリオーマ)には、▼予後が芳しくない高悪性度のもの▼予後が比較的良好な低悪性度のもの―とあります。ただし、後者の「低悪性度の神経膠腫」の中でも「BRAF V600変異陽性」という遺伝子変異のあるケースでは予後が芳しくなく、小児の神経膠腫においては、2割程度がこの「「BRAF V600変異陽性」ケースであることから、効果的な治療法の開発が待たれています。
この点、BRAF遺伝子変異のあるがん患者に効果の高い治療薬(抗がん剤)が開発されてきており、例えば▼ダブラフェニブメシル酸塩(タフィンラーカプセル)▼トラメチニブ・ジメチルスルホキシド付加物(メキニスト錠)―があります。
先行して、BRAF遺伝子変異を有する▼悪性黒色腫▼切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん―治療では「両剤の併用投与」が保険診療の中で認められていることなどを踏まえ、九州大学病院において「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児」に対して両剤を併用投与することが「12」番目の患者申出療養として認めらました(保険外である「両剤の併用投与」と保険診療(その他の診療等)との併用を認める、関連記事はこちら)。
▼対象患者:BRAF V600変異陽性の神経膠腫を有し、かつ実施すべき標準治療が存在しない15歳未満の小児
▼目的:ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の有効性と安全性を評価する(患者データを、治験データなどとあわせてエビデンスを構築し、将来の保険適用を目指す)
▼評価項目:投与開始後16週までの最良総合効果、無増悪生存期間、有害事象
▼症例数見込み:4症例
▼予定期間:登録期間 18か月
▼追跡期間:初回投与から少なくとも2年間
この技術は4名の小児患者に実施されていましたが、昨年(2023年)11月に「ダブラフェニブ・トラメチニブの保険適用拡大」(体重26㎏以上の患者)が承認され、当該4名の患者すべてが保険診療の対象となりました(4名すべてが体重26㎏以上であったため)。これを踏まえ、九大病院が患者申出療養の実施を終了(取り下げ)し、今般、総括報告書が提出されました(4名の患者には、保険診療の中でダブラフェニブ・トラメチニブの併用投与が継続されている)。
総括報告書をもとに、小児医療の第一人者である五十嵐隆座長代理(国立成育医療研究センター理事長)と生物統計学の専門家である手良向聡構成員(京都府立医科大学大学院医学研究科生物統計学教授)は、本技術について「有効性・安全性・技術的成熟度のいずれにも問題がない(優れた技術である)」と判断しています。
【有効性】従来の医療技術を用いるよりも大幅に有効
▽4症例すべてについてstable disease(SD、治療前後でがん腫瘍の増大なし)で、うち低悪性度神経膠腫を有する2例では試験期間中に腫瘍の縮小が認められた
▽腫瘍に起因すると考えられる嗄声、しゃっくりの改善が認められた
▽先行臨床試験でも一定の有効性が認められており、本試験の結果はそれらと大差なし
【安全性】あまり問題なし
▽重篤な有害事象として感染性腸炎が1件発生したが、薬剤との因果関係なし
▽その他の有害事象はすべて非重篤(多くは発熱、皮膚毒性)であった
▽先行臨床試験の安全性結果と整合的である
【技術的成熟度】
▽当該分野を専門とし、数多くの経験を積んだ医師または医師の指導下であれば実施可(五十嵐座長代理)
▽当該分野を専門とし、経験を積んだ医師または医師の指導の下であれば実施可(手良向構成員)
五十嵐座長代理は「患者数は少ないとは言え、短期間であるが一定の有効性を示す結果が示された。長期的な有効性の評価がこれから必要である」と結び、総括報告書の評価は患者申出療養評価会議でも了承されています。
通常であれば、患者申出療養の結果を踏まえた企業(製薬メーカー)等の「保険診療に向けた動き」に期待が集まりますが、上述のように、すでに本技術のうち「体重26㎏以上の患者」を対象とした部分は保険診療の対象となっています。このため、本事例については、患者申出療養のデータそのものが保険診療の中で特段の活用をされることはなさそうです。
しかし、本技術のうち「体重26㎏未満の患者」を対象とした部分は保険適用されていないことから、北海道大学病院で行われている「13」の技術とともに、今後、今回の患者申出療養のデータが、「BRAFV600変異陽性の小児がんに対するダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法」の対象患者拡大(26㎏未満患者への治療も保険診療に含める)に利活用される可能性があります。本技術(「12」の技術)については「優れた成果」が得られており、これらが積極的に利活用されることに期待が集まります。
乳房外パジェットへのトラスツズマブ・エムタンシン静脈内投与、成果分析を待つ段階に
また「6」「9」「17」の技術については、次のような対応を行うことが了承されました。
▽「6」の進行固形がん(線維芽細胞増殖因子受容体に変化を認め、従来治療法が無効、かつインフィグラチニブによる治療を行っているものに限る)患者への「インフィグラチニブ経口投与療法」については、症例登録・プロトコル治療が終了しデータ固定が完了したため、患者申出療養としての実施を終了する(取り下げ)
→現在、総括報告書の準備中
→「インフィグラチニブ」についてはメーカーサイドが薬事承認を断念しており、当該患者は「17」の技術に移行して治療を受けている
▽「17」の線維芽細胞増殖因子受容体阻害薬投与歴のある進行固形がん患者に対するペミガチニブ経口投与療法については、次の2点の実施計画見直しを行う
▼ペミガチニブについて、胆管がんと同様に「1日13.5mgの2週間投与、後1週間休薬」というサイクルで間欠投与していたが、休薬期間中にFGFR1融合遺伝子発現レベルの低下が反跳してしまう(薬剤の効果が低下してしまう)こと、FGFR1融合遺伝子陽性の骨髄性・リンパ性腫瘍では「1日13.5mgの連日投与」が薬事承認されていることを踏まえ、本技術でも「1日13.5mgの連日投与」と改める
▼プロトコール違反が判明した場合には患者申出療養を中止することを実施計画書の中で明確化する(関連記事はこちら)
▽「9」のHER2陽性の手術不能または再発の乳房外パジェット病患者に対する「トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ点滴静注用)静脈内投与療法について、すべての症例についてプロトコル治療・観察が終了したため、患者申出療養としての実施を終了する(取り下げ)
→現在、総括報告書の準備中
なお、「6」「17」の技術に関連して、「患者が『自身が実施計画書の要件を満たしていないこと』を隠していた場合などの取り扱いについて、今後、患者申出療養評価会議の中で継続検討していくべき」との指摘が、患者代表である天野慎介構成員(全国がん患者団体連合会理事長)から示されました。
患者申出療養は、上述のように「保険診療」(入院など通常診療)と「保険外診療」(保険適応外の医薬品等)との併用を認める仕組みです。患者の経済的負担を軽減する(通常診療について保険を使え、自己負担が3割等となる)ことで、多くの患者に「保険適応外の医薬品等」を使用し、診療データをもとに、その「保険適応外の医薬品等」の保険適用を目指しています。
しかし、例えば患者が故意に「実施計画に定められた要件を満たさない」ことを隠していれば、当該患者分のデータは「保険適用に向けたデータ」として使用することができなくなってしまい、乱暴な言い方をすれば「関係者(担当医をはじめとする医療機関、医薬品等を提供する製薬メーカー、実施計画を審議等する患者申出療養評価会議の構成員や厚労省スタッフなど)の努力を無にしてしまう」ことになりかねません。そこで、一部構成員からは「何らかのペナルティも検討してはどうか」との声も出ているのです。今後、他の保険外併用療養制度(先進医療)の規定なども見ながら、どのような対応を検討すべきかを探っていくことになりそうです。
なお、担当医等からの「実施計画に関する患者への丁寧かつ分かりやすい説明」が極めて重要であることは述べるまでもありません(これにより故意に「自身が計画書に定められた要件を満たしていない」ことを隠すことなども相当程度防止できると期待される)。
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