医療機関等の窓口、被保険者証提示者が「本人」かどうか運転免許証等で確認を―厚労省
2020.1.15.(水)
医療機関等の窓口において、被保険者証を提示した者(患者)と、当該被保険者証に記載された者(医療保険の加入者)とが同一人物かを、運転免許証などの顔写真付き本人確認書類を用いて確認してほしい―。
厚生労働省は1月10日に通知「保険医療機関等において本人確認を実施する場合の方法について」、および事務連絡「『保険医療機関等において本人確認を実施する場合の方法について』に関する留意点について」(通知のQ&A)を発出し、こうした点について医療機関等へ要請しました。
明確な施行期日等は定められていませんが、国・医療機関・医療保険者が国民・患者・加入者(被保険者、被扶養者)に十分に説明を行い、周知を図ることが期待されます。
目次
他人の被保険者証を用いた保険診療受診は、詐欺罪の構成要件に該当する
医療保険制度は、病気やケガといった保険事故に備えて加入者(被保険者)が保険料を納め、事故に遭遇した際に、保険から給付(年齢や所得に応じて医療費の7-9割を給付、さらに高額療養費制度などによる手厚い給付も行われる)が行われる仕組みです。
医療機関等は、患者が加入している医療保険に「医療費の7-9割」(患者の自己負担以外分)を請求します(ただし事務の効率化や審査の整合性を確保するために、社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険団体連合会に請求する)。このため、医療機関等では窓口において「患者がどの医療保険に加入しているのか」を被保険者証(保険証)で確認します(資格確認)。
しかし、例えば「企業で働いていたサラリーマンが、退職後にも在職中の被保険者証(保険証)を返還せずに使用して診療を受ける」という事例、あるいは「他人の被保険者証を使って診療を受ける」という事例が少なからずあります。これは「保険料を納めずに、保険給付を受ける」こととなり、▼保険財政の安定確保▼医療安全の確保(他人の過去の診療情報をもとに医療提供がなされてしまう)▼犯罪(当該行為は詐欺罪の構成要件に該当する)―などの面で非常に大きな問題があります。
このため厚生労働省は、マイナンバー制度のインフラを活用した「オンラインでの資格確認」導入に向けて、現在、関係者で綿密な準備が進められています。 昨年12月25日に開催された社会保障審議会・医療保険部会では、▼マイナンバーカードを用いてオンライン資格確認を行うケース▼個人単位の被保険者証を用いてオンライン資格確認を行うケース―が紹介され、それぞれにおける制度面・運用(現場での実施)面に関する対応を議論しています。
前者のマイナンバーを用いたオンライン資格確認においては、「顔認証付きカードリーダー」で本人確認を行うことが原則となるため、カードの提示者とカードの記載者とが異なる(なりすまし)ケースはごくごく限られると考えられます。
一方、後者の被保険者証を用いたオンライン資格確認においては、「当該被保険者証に記載された人物が医療保険に加入しているか否か」は正確に把握できますが、提示者と記載された人物とが同一かどうかまでは把握できません。そこで、医療機関等の窓口において「被保険者証を提示した人物と記載された人物が同一かどうか、『なりすまし』をしていないか」を確認することが重要となり、今般の通知・事務連絡で具体的に「本人確認書類の提示を求めることができる」旨が明確にされたものです。
顔なじみ患者ばかりのクリニック等では、本人確認を行わない取り扱いも可能
まず本人確認については、「医療機関等の義務」(窓口で必ず確認しなければならない)ものではなく、「幅広く本人確認書類の提示を求めることができる」とされました。Q&Aでは、▼これまでの利用のない患者が多く受診する(患者の入れ替わりが多い)医療機関等では、本人確認の必要性が高く、幅広い実施が考えられる▼「顔見知りの患者」が多い医療機関等では、本人確認の必要性が低い―との考えを示しました。
例えば、人口が少ない地域でかかりつけ医機能を発揮する診療所や中小病院では、患者の多くが「顔見知り」であり、後者に該当して「本人確認を実施しない」と判断することが考えられそうです。ただし、この場合でも「過去の診療履歴等に照らして血液型や身長が違っているなど、本人であることに合理的な疑いがある」場合には、個別に本人確認を行うことに問題はありません。
本人確認、外国籍者差別など恣意的な運用にならないように留意を
また、都市部にあり患者数の多い病院等では、前者の幅広く本人確認を行う医療機関等に該当すると考えられます。ここで「ある患者には本人確認を行わないが、別の患者には本人確認を行う」という取り扱いが、どこまで認められるのかが気になります。上述の本人確認の趣旨に鑑みれば、本人確認すべての患者に本人確認を行うことが原則と考えられますが、例えば「過去の診療履歴等により本人であることが明らかな事例」(所謂「顔なじみ」の患者)や「本人確認書類の提示が困難な子ども」などでは、例外的に本人確認を行わない取り扱いが可能となります。
ただし、恣意的な運用、例えば「日本国籍者には本人確認を行わないが、外国籍者には本人確認を行う」といった取り扱いは不当となります。Q&Aでは、具体的に▼複数診療科を有する病院では、診療科毎でなく1医療機関等として本人確認を実施するか否かを判断する(診療科毎では混乱が生じてしまうため)▼付添人がいる場合でも、患者本人について本人確認を行う▼調剤薬局でも本人確認を行ってよい▼救急搬送された患者については、後日に本人確認を行ってよい▼再診について無人受付機で対応する場合には、本人確認を行わずともよい―などの考えを示しています。
運転免許証やマイナンバーカード、パスポート、写真付き学生証などで本人確認を
次に、本人確認書類について厚労省は「写真付き身分証」が妥当であるとの考えに立ち、▼運転免許証▼運転経歴証明書(2012年4月1日以降交付のもの、返納者などに警察から発行される)▼旅券(パスポート)▼個人番号カード(マイナンバーカード)▼在留カード▼特別永住者証明書▼官公庁が顔写真を貼付した書類(身体障害者手帳等)▼本人顔写真付きの学生証―を例示しました。一方、「学生証以外の身分証(官公庁発行のもの以外)については本人確認書類に含まれない」としており、企業の「社員証」などでは不十分と言えるでしょう。
本人確認書類がないことのみを持って、保険診療を拒否してほはならない
こうした本人確認書類によって「被保険者証に記載された人と、提示者とが異なる」(なりすましている)と判断された場合、当該患者への保険診療は拒否し、警察への通報(詐欺罪)や医療保険者へ相談することが求められます。なお適切に確認して保険診療を行ったものの、結果として他人であった場合には、医療機関等の責任は問われません。
もっとも、すべての患者が、これらを常に携帯して医療機関等を受診するわけではありません。そこで厚労省は「本人確認書類が提示されなかったことのみをもって保険診療を否定してはいけない」との考えを明確にしています。例えば「次回診療時に本人確認書類を提示してもらう」よう説明することなどが考えられるでしょう。
また、▼顔写真付きの本人確認書類がない患者については、「被保険者証の提示」とあわせて「国民年金手帳、児童扶養手当証書、特別児童扶養手当証書、住民票の写し、官公庁から発行・発給された書類等の書類の提示」とともに、2つ以上の書類に記載された氏名・生年月日が被保険者証のものと一致するかを確認する▼性同一性障害を有する方については、裏面に「本名」を、表面に「通称名」を記載することになっている点に留意する▼在留外国人で被保険者証と本人確認書類の氏名が異なる場合には、被保険者証記載氏名と同一の氏名が記載された本人確認書類を確認することや、所持している本人確認書類に記載された生年月日等(氏名以外)が被保険者証のものと一致するか確認する―ことなどの考えを示しています。
さらに、白(間違いなく本人)と黒(明らかななりすまし)との間に「グレー」(本人かどうか疑わしい)のケースも存在するでしょう。例えば、何度も本人確認書類提示を求めているが、「忘れてきた、今度持ってきます」と繰り返す患者などでは、「本人なのか疑わしい」と思われても仕方がありません。この点、厚労省は「本人かどうか疑わしい場合は、その旨を患者情報(例:氏名、住所、連絡先(電話番号やメールアドレス))と併せて被保険者証を発行している医療保険者へ連絡する」ことを医療機関等に求めています。連絡を受けた保険者では、必要な本人確認などを行うことになります。
医療保険制度は「信頼」の上に成り立つ制度であることの再確認を
こうした本人確認は、医療機関等にとっても、患者にとっても「負担」となります。もともと医療保険は「医療保険に加入する被保険者が、自分自身の被保険者証を持参して、医療機関を受診する」というルールを皆が遵守することを前提に制度設計がされており、こうした制度の導入は「ルール違反をする者」「そもそも想定していないような不適切な行動をとる者」が目に余るようになってきていることを意味します。これは、診療報酬でも同様です。本来は医師の「高潔なプロフェッショナルフリーダム」が認められるべき分野ですが、ルールを遵守しない、あるいは想定しない不適切な行動をとる医療機関が目に余るようになり、施設基準や算定ルール等が細かく設定されるようになってきているのです。国民全体で、今一度、公的医療保険(もちろん介護保険も)とは何か、制度を維持するために「何をすればよいか」(逆に「何をしてはいけないか」)をしっかりと考える必要があるでしょう。
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