2020年薬価調査結果は従前と同水準、21年度改定の実施は予算編成過程で政府が決定―中医協・薬価専門部会
2020.12.2.(水)
2020年における薬価と市場実勢価格との平均乖離率は約8.0%で、2019年と同水準であった。また調査客体数は少なく抑えているが、回収率は過去の調査と同水準であった―。
また、医療機関・薬局と卸業者との間の価格妥結率は95.0%で、こちらも過去の調査と同水準であった―。
このような2020年薬価調査の速報値結果が、12月2日に開催された中央社会保険医療協議会・薬価専門部会に報告されました。
これらのデータ、さらに医療機関等の経営状況なども踏まえて、2021年度に薬価改定を行うべきか否かをさらに議論していくことになります。厚生労働省保険局医療課の井内努課長は「最終的には、年末の予算編成過程の中で決定する」考えを示しています。
目次
2020年度薬価調査、回収率や妥結率、単品単価取り引きの状況などは「従前と同水準」
2018年度からの薬価制度抜本改革の一環として、「市場実勢価格を適時に薬価に反映して国民負担を抑制するために、従前2年に1度であった薬価改定について、中間年度においても必要な薬価の見直しを行う」【毎年度薬価改定、中間年度改定】方針が明確化されています。
来年度(2021年度)に初の中間年度改定が予定されていますが、新型コロナウイルス感染症の対応に追われる医療現場の負担等を考慮し、「中間年度改定をどうすべきか(実施すべきか、実施するとして改定ルールをどう考えるか)」が議論されています。
薬価改定の基本的な考え方は、「公定価格(薬価)と市場実勢価格(医療機関等の購入価格)との差を埋めていく」ところにあるため、改定に当たっては「市場実勢価格を把握するための調査」(薬価調査)が行われます。来年度(2021年度)の中間改定に向けても、新型コロナウイルス感染症への対応状況にも配慮した形での調査が行われ、今般、その速報値が薬価専門部会に報告されました。
まず調査の回収状況が気になります。新型コロナウイルス感染症対応で医療機関サイド・卸サイドの双方が多忙で、価格交渉が困難なことなどから、「調査への協力が得られにくいのでは」と心配されたのです(回収率が低ければ「結果の信憑性」が問題となる)。この点、「86.8%」で、過去調査時点(2019年:87.1%、2018年:85.0%、2017年:79.2%、2015年:72.3%)と遜色のない水準となっています。ただし、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて卸業者の調査客体数を「3分の2」に絞っており(通常は全数)、データ数は過去に比べて少なくなっています。
また、価格妥結率は「95.0%」となっています。過去の通常改定に対応するための調査(2019年:99.6%、2017年:97.7%、2015年:97.1%)に比べて低くなっていますが、「改定から1年目は妥結率が低い」という通常の傾向と合致しています。今回同様に改定1年目の調査となった2018年調査(2019年度の消費税対応改定のための調査)では、妥結率は「91.7%」であり、それよりも高い水準となっています。
この点も「価格交渉が進まず、調査結果の信頼性が揺らぐのではないか」との懸念もありましたが、数字上は「妥結が進んでいる」ようです。もっとも、後述するように診療側委員や専門委員からは「通常とは全く異なる価格交渉プロセスであり、その点の考慮を十分に行う必要がある」との強い指摘が出ています。
さらに、従前から重視されている「単品単価取り引き」の状況を見ると、2020年度上期には、200床以上の病院では83.3%、20店舗以上のチェーン薬局では95.2%となっており、「前年度と同じ水準(病院では8割強、薬局では96-97%程度)を維持できているように見えます。
なお、薬価と市場実勢価格との乖離率は、次のように「前年度と同程度の水準」となっています。
【全体平均】:約8.0%(2019年度:8.0%、2018年度:7.2%、2017年度:9.1%、2015年度:8.8%)
【投与形態別】
▽内用薬(薬剤の薬価ベースのシェアは57.3%):9.2%(2019年度:9.2%、2018年度:8.2%、2017年度:10.1%、2015年度:9.4%)
▽注射薬(薬剤の薬価ベースのシェアは33.7%):5.9%(2019年度:6.0%、2018年度:5.2%、2017年度:7.3%、2015年度:7.5%)
▽外用薬(薬剤の薬価ベースのシェアは8.9%):7.9%(2019年度:7.7%、2018年度:6.6%、2017年度:8.0%、2015年度:8.2%)
▽歯科用薬(薬剤の薬価ベースのシェアは0.1%):マイナス0.3%(2019年度:マイナス4.6%、2018年度:マイナス5.7%、2017年度:マイナス4.1%、2015年度:マイナス1.0%)
【主要薬効群別】
▽内用薬
▼その他の腫瘍用薬:5.1%(2019年度:5.1%、2018年度5.1%、2017年度:6.6%、2015年度:7.1%)
▼糖尿病用薬:9.5%(2019年度:9.9%、2018年度:8.6%、2017年度:10.6%、2015年度:10.3%)
▼他に分類されない代謝性医薬品:9.1%(2019年度:9.0%、2018年度:8.0%、2017年度:9.5%、2015年度:9.1%)
▼血圧降下剤:12.1%(2019年度:13.4%、2018年度:11.7%、2017年度:10.6%、2015年度:10.3%)
▽注射薬
▼その他の腫瘍用薬:5.3%(2019年度:5.0%、2018年度:4.3%、2017年度:6.0%、2015年度:6.9%)
▼他に分類されない代謝性医薬品:6.7%(2019年度:6.3%、2018年度:6.0%、2017年度:7.8%、2015年度:8.6%)
▼血液製剤類:3.0%(2019年度:3.3%、2018年度:2.3%、2017年度:4.1%、2015年度:4.1%)
▽外用薬
▼眼科用剤:8.4%(2019年度:8.0%、2018年度:6.8%、2017年度:7.8%、2015年度:8.6%)
▼鎮痛、鎮痒、収斂、消炎剤:8.6%(2019年度:8.9%、2018年度:7.6%、2017年度:9.3%、2015年度:9.3%)
薬価調査結果の捉え方、診療側と支払側とで大きく乖離
こうした調査結果について診療側の松本吉郎委員(日本医師会常任理事)や今村聡委員(日本医師会副会長)、有澤賢二委員(日本薬剤師会常務理事)、卸代表の村井泰介専門委員(バイタルケーエスケー・ホールディングス代表取締役社長)らは、「新型コロナウイルス感染症の影響により、価格交渉プロセスは通常と全く異なっている(個別品目にまで落とし込んだ交渉をする余裕がない)。外形の数字には現れない状況を勘案すべき」「交渉の時間が取れないために『昨年と同じ』となることもあり、乖離率が前年度と同程度の水準なのは、そうした背景がある」と強く指摘し、これらのデータの取扱いそのものを「慎重に考えるべき」との見解を強調しました。
また村井専門委員は、▼累次の薬価改定(2019年10月に消費税改定、2020年4月に通常改定など)▼「いわゆる売れ筋医薬品」の変化(従前の生活習慣病薬の先発品から、原価率の高い抗がん剤などへ)▼新型コロナウイルス感染症による患者の受診控え・手術延期などによる医薬品市場の縮小―などによって、卸業者の収益が大きく減少している一方で、人件費等のコストは大きく変わらず(例えば営業所での感染者発生等時にも医薬品流通に支障が出ないように、二重三重の人員配置を行うなど)、結果として「卸業者の経営が非常に厳しい」状況を説明。
松本委員らも「新型コロナウイルス感染症で地域医療は崩壊寸前にある。まず優先すべきは医療提供体制の維持である」と強く訴え、来年度(2021年度)の薬価改定は「慎重に検討してほしい」と改めて要請しました。
これに対し、支払側の幸野庄司委員(健康保険組合連合会理事)や吉森俊和委員(全国健康保険協会理事)は「数字を見る限り、乖離率、妥結率、単品単価取り引きの状況などは、過去の薬価調査と同水準である。また、価格交渉が新型コロナウイルス感染症で通常と異なったことは理解できるが、納入価格そのものに新型コロナウイルス感染症がどこまで影響しているのかは、数字上見えていない(例えば「新型コロナウイルス感染症で苦しくなっている医療機関に配慮して、安価で納入した」などの状況は数字から見えてこない)。薬価改定の基礎資料として、今般の薬価調査結果を用いることは十分に可能である」と指摘。
また幸野委員は「新型コロナウイルス感染症で経済的に厳しいのは医療機関等だけではない。こうした時期だからこそ、医療保険のプレイヤー(国、医療機関等、保険者、国民)のすべてが、国民負担軽減の軽減を考えていかなければならない」と、薬価改定の必要性を強く訴えました。
双方の意見・見解には大きな隔たりがあり、さらに議論を続けていく必要もありますが、薬価改定をすべきか否かは来年度(2021年度)予算編成にも大きく関連してきます(薬価改定を行った場合には「薬剤費の減少→国費の減少」が生じ、減少分の国費を他の施策に充てられる可能性が出てくる)。このため井内課長は、▼薬価調査結果▼医療機関等と卸業者との価格交渉の状況▼医療機関等の経営状況▼卸業者の経営状況―などを踏まえ、中医協での議論を経た上で、「年末の予算編成過程で薬価改定を実施すべきか否かを決定したい」との考えを明確に示しています。
中医協では、「来年度(2021年度)に薬価改定を実施する」と決まった場合に備えた具体的な改定ルール論議も積極的に進めていく必要があります。
これまでに、改定ルールに関して大きく3つの論点が浮上しています。
(1)対象品目をどう考えるか
(2)具体的な改定ルールをどう考えるか
(3)調整幅(現在は医薬品流通の多様性を考慮して2%に設定、ゼロにすれば赤字の卸業者が出て流通に混乱が生じる可能性あり)などを見直すべきか
薬価改定の対象品目選定、ベースとなる「乖離率」に加え、「乖離額」も勘案すべきか
このうち(1)の対象品目について、薬価制度抜本改革の基本方針では、▼「価格乖離の大きな品目」について薬価改定を行う▼国民負担の軽減の観点から「できる限り広く」する▼医薬品卸や医療機関等経営への影響等も総合的勘案する―という考え方が示されています。
これまでの薬価改定ルールに沿えば「乖離率が一定以上」の品目を対象に、薬価の引き下げを行うことになりますが、支払側委員は「乖離率だけでなく、乖離の『額』にも着目すべき」と提案しています(財政制度審議会なども同旨の指摘を行っている)。高額な医薬品では、「乖離率こそ小さいが、乖離の『額』は非常に大きい」というケースが出てきます。例えば、下のような事例があったとして、「薬価引き下げの効果」に着目したとき、「乖離額」が非常に重要な視点になると考えられるのです。
▽「1000円の薬剤が890円で取り引きされている」場合→乖離率は11%、乖離額は110円
▽「100万円の薬剤は91万円で取り引きされている」場合→乖離率は9%にとどまるが、乖離額は9万円と大きい
もちろん財政効果を考える際には「使用数量」も重要な要素となるため、支払側委員や吉森委員は「乖離率と、乖離額を組み合わせて、改定(薬価引き下げ)対象品目を選定すべき」と提案。吉森委員はより具体的に「乖離率が小さくなりがちな先発品」と「乖離率が大きくなりがちな後発品」とに分けて、改定対象品目を選定する基準を設定してはどうか、との考えも示しています。
これに対し、診療側の松本委員は「対象品目の選定は医薬品の価値に着目し、乖離率を基準とすべきである。乖離額による基準は認められない」と猛反発。同じ診療側の有澤委員は「乖離額を基準に据えた場合には、多くの新薬(保険適用当初は価格が高い)やオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品、患者数が少なく市場規模が小さいために高額となりやすい)が対象となり、イノベーションを阻害してしまう」危険があると訴えています。
新薬創出等加算の「累積控除」を、中間年度改定で行うべきか
また(2)は、「市場実勢価格に連動するルール(新薬創出適応外薬解消等促進加算の加算や最低薬価など)」「市場実勢価格に連動しないルール(新薬創出等適応外薬解消等促進加算の累積控除や市場拡大再算定など)」のうち、どれを適用すべきかというテーマです。
この点、幸野委員は、従前より「新薬創出等適応外薬解消等促進加算の累積控除」は、市場実勢価格に連動するものであり、適用すべきと提案しています。
通常、薬価は「改定の都度に価格が下がっていく」ところ、▼製品そのものに革新性があり、医療現場にとって欠かせない(品目要件)▼当該製品を開発するメーカーが、革新的な創薬に向けた成果を出している(企業要件・企業指標)―という2軸で選定した医薬品については、「一定程度の薬価の維持」(薬価引き下げの猶予)を認める仕組みが【新薬創出・適応外薬解消等促進加算】です。加算で得た財源を原資に、優れた医薬品の開発を行うことを期待するものです。
ただし、永久に「一定程度の薬価維持」が認められるものではなく、一定期間後(後発品が上市された後、または薬価収載から15年経過後)には、薬価改定の折に「それまで猶予されていた分の価格引き下げ」(累積控除)が行われます。
累積控除が遅れれば、その分「「患者負担、医療保険の負担が大きくなる」ことから、幸野委員は「中間年度改定でも累積控除を行うべき」と求めているのです。
しかし、診療側の有澤委員は「中間年度改定を実施する場合であっても、2019年度の消費税対応改定と同じルールとすべき」と反対しています。2019年度の消費税対応改定時には、上述のように「新薬創出等適応外薬解消等促進加算の累積控除」は、「市場実勢価格に連合しない」ものと扱われ、適用されませんでした。
累積控除が行われれば、対象医薬品の薬価は大幅に下落するため、製薬メーカー・卸業者・医療機関等全体に大きな影響が出てきます。来年度(2021年度)の中間年度改定に向けてどう判断していくのか、今後の中医協論議に注目する必要があります。
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