医療保険財政の厳しさ、現役世代の負担軽減の必要性など踏まえ、高額療養費の上限額引き上げ・所得区分細分化を検討—社保審・医療保険部会
2024.11.22.(金)
高額薬剤等が登場して医療保険財政が厳しくなってきている点、「現役世代の負担」を軽減すべき点などを踏まえて、高額療養費の上限額引き上げ・所得区分の細分化を行ってはどうか―。
こうした議論が11月21日に開催された社会保障審議会・医療保険部会で始まりました。具体的な見直し内容はもちろん、「いつまでに結論を出すのか」「施行時期をいつにするのか」なども含め、今後、議論が重ねられます。
患者の自己負担に、どこまで「応能負担の考え方」を導入していくかが重要論点の1つ
未曽有の少子高齢化が進んでいます。いわゆる団塊の世代が、2022年度から75歳以上の後期高齢者となりはじめ、来年度(2025年度)には全員が後期高齢者になります。このため、今後、医療・介護ニーズが飛躍的に増加していきます。その後、2040年にかけて高齢者の「数」そのものは大きく変わらないものの、高齢者を支える現役世代の数が急速に減少していきます。
このように、「減少していく現役世代」で、「増加する高齢者」を支えなければならないため、医療・介護・年金をはじめとする社会保障制度の基盤が極めて脆くなる、つまり、「社会保障制度維持が非常に難しくなっていく」のです。
こうした中で、現在の「負担は現役世代中心、給付は高齢者中心」という社会保障制度から、「少しでも多くの方に『支えられる側』ではなく『支える側』として活躍してもらうことで、『支える側』と『支えられる側』のバランスを見直していく。負担能力のある高齢者には、社会保障の支え手側に回ってもらう」ことを柱とする全世代型社会保障制度への見直しが進められてきています(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
この考えに基づき、「高額療養費について見直しを行うべき」(自己負担上限の引き上げ、所得区分の細分化など)ではないか、という指摘がなされています。
我が国の公的医療保険制度(健康保険制度)では、患者は医療機関等の窓口で医療費の1-3割を負担します(乗りの7-9割が保険から給付される)。
ところで、入院して手術を受けたり、高額な医薬品を使用するなどして医療費が高額になることがあります。例えば昨年度(2023年度)の健保組合加入者では、1か月当たり医療費最高額は1億7815万8100円でした。1億7800万円の3割は5340万円で、これを自分自身で負担できる患者はごくごく稀でしょう。
このため、我が国の医療保険制度では「毎月の医療費自己負担を一定程度に抑える」(患者自身が支払える額に抑える)ための【高額療養費制度】が設けられています。自己負担額上限は「年齢」と「所得」に応じて下表のように複雑に設定されていますが、たとえば70歳未満・年収約370-770万円の人で、ある月の医療費が100万円であった場合には、自己負担額は「30万円」(100万円の3割)ではなく、「8万7430円」(8万100円+(100万円-26万7000円)×1%)となります。
このように高額療養費制度は「安心して保険医療を受けられる」ための非常に重要な意味を持っていますが、(a)上記の全世代型社会保障の視点に立つと、年齢ではなく「負担能力」に応じた負担(自己負担上限)とすべきではないか(b)医療の高度化が進む中で、高額療養費の対象等が増え、「高額療養費の増加」→「医療保険の負担増」→「現役世代の保険料負担増」につながっており、上限額などを見直すべきではないか(c)「所得に応じた自己負担額」を設定しているが、「所得」をざっくりと設定しすぎではないか—などの課題が指摘されています。
まず(a)の点について下表を見ると、年収約370万円未満の世帯では、「70歳以上」において「70歳未満」と比べて「自己負担上限額が低く設定されている」(外来の特例などもある)ことが分かります。これを「不公平」と見る向きもあるようです。
また(b)について見てみると、「医療技術の高度化」が進み、例えば脊髄性筋萎縮症の治療薬「ゾルゲンスマ点滴静注」(1億6707万円)、白血病等治療薬「キムリア」(3350万円)などの超高額薬剤の保険適用が相次ぎ、さらにキムリアに類似したやはり超高額な血液がん治療薬も次々に登場してきています。さらに、新たな認知症治療薬「レケンビ」・新たな認知症治療薬「ケサンラ」が保険適用され、患者数が膨大なことから、医療保険財政に及ぼす影響が非常に大きくなる可能性があります。
こうした超高額医薬品をはじめとする「高額な医療費」レセプトの増加は、当然「高額療養費増加」にも直結します。上記例で言えば、「100万円の医療費」が1件発生した場合、医療保険の負担は「91万2570円」(70万円+(30万円-8万7430円)ですが、高額な医療費レセプトが増加し10件となれば、医療保険の負担は「912万5700円」となります。また、「200万円の医療費」「300万円の医療費」が発生した場合には、下図表のとおり医療保険の負担も増加していきます。
このように医療保険の負担が増えていけば、「支出(医療費)を賄うために収入(保険料)を増やす」必要があり、「保険料率の引き上げ」などにつながってくるのです。
さらに(c)の「所得」については、下表のように年収で「約370-770万円」「約770-1160万円」「約1160万円超」という具合に、幅の広い区分となっています。しかし、たとえば「年収が約370万円の世帯」と「約770万円の世帯」とで同じ医療費自己負担上限を設定しているが、「負担感が両者で大きく違うのではないか」との疑問もわきます。
こうした状況を踏まえて厚生労働省保険局保険課の佐藤康弘課長は、▼高額療養費の自己負担限度額の一定程度の引き上げ)▼所得区分の細分化—などの見直しを行ってはどうか、と11月21日の医療保険部会に提案しました。
後者の所得区分については、たとえば「現行の約370-770万円などの区分を細かく分ける」ことや「より上位所得(1160万円超)の層に、より高い自己負担上限を設定する」ことなどが考えられます。ただし、後述するように「高額所得層により大きな負担を求めること」(自己負担における応能負担の考えを強化する)には慎重な意見も出ています。
こうした見直し方向に異論は出ておらず、今後、より具体的な調整論議が医療保険部会で進められます。「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋」(改革工程)上は「2028年度までに結論を得る」こととされていますが、後述する準備期間なども勘案すると、近く結論を得て、必要な制度改正(健康保険法施行令(政令)の改正)が行われると見込まれます。
もっとも委員からは、▼高額薬剤の増大などで医療費が増加し、高額レセプトもここ4年で約3倍に増加し、現役世代の負担増につながっている。全世代型社会保障の実現に向けて「能力に応じた負担」などの見直しを実行すべき。ただし、システム改修に要する時間などを踏まえた適切な施行時期を設定してほしい(佐野雅宏委員:健康保険組合連合会会長代理)▼「能力に応じた仕組みの徹底」も1つの考え方ではあるが、高齢者に「低所得層が多い」実態も十分に勘案して検討すべき(伊奈川秀和委員:東洋大学福祉社会デザイン学部教授)▼高額薬剤が相次いで登場し、医療費も増加している。こうした状況を見ると見直しはやむを得ないと考えられる(島弘志委員:日本病院会副会長)▼高額薬剤が相次いで登場し、医療保険財政が厳しさを増しているが、高額療養費の「セーフティネット機能、すべての人が保険診療を適切に受けられるようにする機能」を見直し後も維持できるように十分に議論すべき(城守国斗委員:日本医師会常任理事)▼物価高騰等を踏まえた「自己負担上限額の引き上げ」はやむをえない。ただし、「医学的に必ずしも必要のない部分の選定療養費化」(その分、保険医療費が小さくなり、患者が選定療養を望まなければ患者自己負担は小さくなる)などを優先的に検討すべきと考える。また「高額療養費の自己負担引き上げによる患者受療行動の変化」などを研究できるようなデータ収集を進めてほしい(中村さやか委員:上智大学経済学部教授)▼高所得層の納得感が薄れてもいけない。応益負担である患者自己負担に、どこまで応能負担の考えを入れていくのか、患者負担・家計負担・受療動向などのデータを見た慎重な議論が必要となる(村上陽子委員:日本労働組合総連合会副事務局長)▼高額療養費の見直しは理解できるが、患者が「自己負担が上がったので、高額薬剤による治療を躊躇する」ような事態が生じないように配慮すべき(渡邊大記委員:日本薬剤師会副会長)▼現役世代にしわ寄せがいかないよう、また自己負担上限の引き上げにより患者の健康に問題が生じないよう、多角的な視点での検討を行ってほしい(藤井隆太委員:日本商工会議所社会保障専門委員会委員)—などの様々な意見が出されています。
医療保険・介護保険などの社会保険では、「サービスを受けた量に応じた負担をする」という【応益負担】(サービスを多く受ければ受けるほど負担も大きくなる)の考え方と、「経済力に応じた負担をする」という【応能負担】(所得が高ければ高いほど負担も大きくなる)の考え方を組み合わせて財源を確保しています(このほかに「公費」も投入されている、関連記事はこちら)。前者の【応益負担】の代表として患者負担(窓口一部負担)がありますが、年齢・所得によって1-3割に設定する、さらに、これまで述べてきた高額療養費制度で所得を勘案するなど、【応能負担】の要素も取り入れられています。村上委員の指摘するように「【応益負担】をベースとする患者自己負担に、どこまで【応能負担】の要素を組み入れていくのか」(負担能力に応じた負担の要素を強めることは【応能負担】をより大きく組み入れることと同義)という制度論も非常に重要になってきます。
また、「年齢によらず、負担能力に応じた負担」という考えを徹底すると、上述した「70歳以上高齢者における外来の自己負担上限特例を廃止する」ことにもつながりかねません。しかし、外来自己負担上限特例は、「高齢者では低所得層が多い」ことや「高齢者では慢性疾患で外来受診が多くなる」ことなども勘案して導入しており、「廃止」が好ましいのかどうかは慎重に見極める必要があるでしょう。
なお、高額療養費の見直しを行えば「保険者・自治体(国民健康保険)のシステム改修」が必要となり、その時間を確保しなければならないこと、自己負担上限の見直しを国民に十分に周知する必要があることなどを踏まえ、佐藤保険課長は「施行時期も適切に見極めていく必要がある」との考えを示しています。
マイナンバーカード保有していない者等へ、医療保険者は適切に「資格確認書」交付を
また11月21日の医療保険部会では、厚労省保険局医療介護連携政策課の山田章平課長から「資格確認書(マイナンバーカードを持たない人、マイナンバーカードと保険証の紐づけを行わない人に交付される)の交付対象」に関する整理が行われました。
12月2日以降、以下のような複数の方法で保険診療を受けることが可能となる(関連記事はこちら)ため、各医療保険者(健康保険組合等)は下図表を参考に、加入者に不利益(医療保険加入資格を証明できず、保険診療を受けられない事態)が生じないよう、適切に「資格確認書を加入者に交付する」ことが求められます。
(1)マイナンバーカードと保険証の紐づけを行っている場合
→「マイナンバーカード」で保険診療を受ける(医療機関等窓口の顔認証付きカードリーダーシステムで資格確認)
(2)マイナンバーカードと保険証の紐づけを行っているが、何らかの事情でオンライン資格確認を行えなかった場合
▼「患者自身のマイナポータル画面(PDF含む)+マイナンバーカード」で保険診療を受ける(マイナポータル画面で資格情報を医療機関が確認する)
▼「医療保険者が交付した【資格情報のお知らせ】(A4の紙)+マイナンバーカード」で保険診療を受ける(『資格情報のお知らせ』で資格情報を医療機関が確認する)
▼「マイナンバーカードを提示するとともに、初診の場合には患者に【被保険者資格申立書】を記載してもらう、再診の場合には医療機関で過去の受診情報をもとに資格確認する」ことで保険診療を受ける(関連記事はこちら)
(3)マイナンバーカードを持っていない場合、マイナンバーカードと保険証との紐づけを行っていない場合
▼「保険証」(有効期限が切れるまで)で保険診療を受ける(従来と同じ)
▼「医療保険者が交付した【資格確認書】」で保険診療を受ける(保険証と同様に【資格確認書】を医療機関窓口に提示する)(関連記事はこちら)
なお、訪問看護ステーションでも「この12月2日(2024年12月2日)までに、オンライン資格確認の導入が原則義務化」されます(改築工事中など一定の場合には経過措置あり)が、本年(2024年)11月17日時点では▼利用申請済:81.1%▼準備完了:61.4%—にとどまっている状況も報告されています。早急な対応が求められます。
【関連記事】
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