医学部教育における「臨床実習」が年々充実、3000時間近い医学部も―医学部長病院長会議
2018.5.10.(木)
医学部の教育カリキュラムについて経年比較を行うと、「臨床実習」の充実が著しく、2017年度には3000時間近い臨床実習を行っている医学部が14大学もある。もっとも1500時間未満しか実施していない医学部の5つあり、さらなる充実が期待される―。
全国医学部長病院長会議は5月9日に記者会見を行い、こういった状況を明らかにしました。
なお、2020・21年度の医学部入学定員について、大学側や受験者の不安を払拭するために、全国医学部長病院長会議の新井一会長(順天堂大学学長)が文部科学省・厚生労働省に対し「早急に指針を示してほしい」との要望を同日に行っています。
医学教育の改革進む、臨床実習の充実に向け「県・医師会・大学」の連携も重要
日本国憲法第23条は「学問の自由」を保障しており、各大学では自由に教育課程を構築することが可能です。一方、大学医学部は「生命・健康を守る医師」を養成する機関でもあり、質の確保と言う観点で、全く自由に教育課程を構築することは好ましくありません。
両者のバランスをとる観点で、全国医学部長病院長会議では、1975年から各大学医学部の教育課程を調査(2年に一度)し、それを比較分析することで、「各大学の教育内容のブラッシュアップ」を行っています。
また、より優れた医師の養成を目指し、医学教育全体の改革(例えば5年生からの臨床実習開始前に学生の能力をチェックする共用試験(CBT、OSCE)の導入など)が行われるとともに、国際水準の医学教育を確保するための体制構築(米国での医師申請資格を確保するために、JACME(日本医学教育評価機構)の組織・WFME(世界医学教育連盟)からの認証)も進められています。後者は、WFMEが認証した各国の評価機関(日本ではJACME)が認定した大学医学部の修了者でなければ、米国で医師資格を取得できないという仕組みにで、JACMEはWFMEから2017年3月に認証を受けています。
医学教育の改革は、▼学部卒業までに修得しなければならない実践的診療能力を明確化したモデル・コア・カリキュラムの制定・改訂▼5年生からの臨床実習開始前の共用試験(知識習得状況をみるCBT、臨床能力を評価するOSCE)の導入▼学生が実施できる「医行為」の明確化―といった学部教育改革のほか、初期臨床研修制度の必修化、専門医制度改革などからなり、21世紀に入ってから急速に進んでいます。
全国医学部長病院長会議では、こうした改革が、どの程度、現場医学部で実施されているのかを2年に一度調べ、各大学にフィードバック。その調査分析結果をもとに、各大学で自主的な教育課程改革が進め、全体として継続した教育水準の向上が図られています。
実際の調査分析を行っている全国医学部長病院長会議カリキュラムワーキンググループの奈良信雄座長(順天堂大学客員教授)は、2014年度に15医学部、15年度に20医学部、16年度に32医学部、17年度に14医学部の合計69医学部でカリキュラム改訂が行われ、他医学部でも近く改訂が行われることを明らかにしています。
また、具体的な改革内容を見ると、2017年度までに▼6年間を通じて教養を高め、基礎と臨床の連携を強化する「統合型・学習成果基盤型」教育が76医学部で▼学部の1年生からの医療体験実習は66医学部で▼学部の1年生からの「医師としてのプロフェッショナリズム教育」は26医学部で▼PBL(問題解決学習法)は71医学部で▼TBL(チーム基盤型学習法)は48医学部で―それぞれ導入されています。
さらに、臨床医においても研究能力を高めることが求められる中で、研修室への学生配属状況を見ると、▼65医学部で全員配属▼6医学部で希望者配属―を実施。学部生に対する海外実習の実施状況は、基礎医学については平均8.1週(約2か月)、臨床医学については平均6.8週(約1か月半)となっており、中には、基礎21週(約5か月)、臨床28週(約7か月)という長期間の海外実習を実施している医学部もあります。
奈良座長は「臨床実習の充実」に特に注目。年々、臨床実習時間が各医学部で長くなっており、2017年度には平均で2174.1時間、その内訳は▼2750-3000時間:14医学部▼2500-2750時間:6医学部▼2250-2500時間:9医学部▼2000-2250時間:18医学部▼1750-2000時間:16医学部▼1500-1750時間:12医学部▼1500時間未満:5医学部―という状況です。学部生の間に充実した「臨床実習」を受けることで、医師免許取得後の初期臨床研修で、より充実した臨床研修を受け(積極的に診療に携われる)、その後の後期臨床研修(専門医研修)も充実すると期待され、さらなる「臨床実習の充実」に期待が集まります。
学部における臨床実習を行う場として「大学病院」がまず頭に浮かびますが、多様な症例に接するためには、学外の医療機関等での実習も重要です。この点に関連して新井会長は、「各大学で地域医療の素晴らしさを学生に肌で感じてもらうために、学外の実習も充実してきている。ただし、実習先については、地域医師会や卒業生(OB)に協力を仰ぐなど、教育担当教官が苦労している。少なくとも『1県1大学』の地域では、県・医師会・大学が連携して実習先を確保できるような体制を構築することが、医師偏在の解消にもつながっていくのではないか。日本医師会も、この点、前向きに考えてくれている」旨をコメントしています(関連記事はこちら)。
なお、医学教育にはさらなる改善の余地があり、奈良座長は私見も交えながら、▼アウトカム基盤型教育(期待される医師の能力から遡って、教育内容を考える)の充実▼統合型教育(基礎と臨床、基礎間、臨床間での連携)の充実(上述のように多くの医学部で導入されているが、一部のみで実施という医学部も少なくない)▼診療参加型臨床実習の充実▼学部生の自己学習力の強化(医学教育が広範となり、教官がすべてを教授することは難しくなってきている)▼教育プログラムの定期的な評価―などを今後、さらに進めていくべきとの考えを示しています。
2022年度以降の医学部入学定員、地域枠の在り方などは各大学の特性・意見を踏まえよ
ところで、医学部の入学定員設定に関する議論が、厚労省の「医療従事者の需給に関する検討会・医師需給分科会」で進んでいます。
2019年度までの医学入学定員は決定していますが、2020年度以降には「医師不足が特に深刻な青森県などの定員増をどのよう扱うか」などの問題が解決していないのです。2020年度の大学医学部受験者の多くは現在、高等学校2年生であり、早期に入学定員が固まらなければ、進路決定が困難になります。また大学側も「どの程度の学生を受け入れる体制を整えればよいのか」を早期に決めておく必要があります。
新井会長は「本来であれば、今年(2018年)初めに定員数の考え方を示しておくべきだった」とし、文科省と厚労省に宛て「2020年度・21年度の医師養成数の方針が医師需給分科会等でまとめられた後、速やかに政府方針として示してほしい」と強く要望しました。医師需給分科会等では「5月にも意見をまとめ、夏には方針を固める」考えです(関連記事はこちら)。
また、2022年度以降の定員については、▼拙速な決定は差し控えてほしい(医師の働き方改革などを踏まえて検討する必要がある)▼一律に「地域枠を恒久定員に盛り込む」ようなことは避けてほしい(各大学が判断すべき事項である)▼地域枠設定などの際には、財政支援などの必要な環境整備してほしい―との要請も併せて行っています。
医師需給分科会では、「将来、医師の必要数を供給数が上回るため、養成数を削減する」方向が概ね固められており、一方、地域医療を確保するために「現在、臨時定員増の中に設定されている地域枠を恒久定員に盛り込むべき」との方向も固まりつつあります(関連記事はこちら)。この点、新井会長は、「一律に地域枠を全大学医学部に設ける」ことは乱暴であり、大学ごとの特性・希望を踏まえるべきと求めています。
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