2021年度薬価改定の対象、診療側は乖離率16%以上品目に限定せよ、支払側は8%以下品目にも広げよと提案―中医協・薬価専門部会
2020.12.11.(金)
来年度(2021年度)に薬価の中間年度改定を行う場合、改定(薬価引き下げ)対象品目をどう考えるか―。
12月11日に開催された中央社会保険医療協議会・薬価専門部会で、こういった議論が深められました。
診療側の松本吉郎委員(日本医師会常任理事)は、医療機関・薬局、卸業者、製薬メーカーへの影響を最小限にするために「薬価と実勢価格との乖離率が平均(8.0%)の2倍以上となっている品目」に限定することを提案。対して支払側の幸野庄司委員(健康保険組合連合会理事)は、十分な国民負担軽減効果を得るために「乖離率が平均(8.0%)以下の品目」をも対象にすべきと提案しました。
21年度改定品目を狭めよと診療側、国民負担軽減のため広めよと支払側
2018年度からスタートした薬価制度抜本改革の一環として、「市場実勢価格を適時に薬価に反映して国民負担を抑制するために、従前2年に1度であった薬価改定について、中間年度においても必要な薬価の見直しを行う」【毎年度薬価改定、中間年度改定】方針が明確化されています。
来年度(2021年度)が、初の中間年度となりますが、新型コロナウイルス感染症の対応に追われる医療現場の負担等を考慮し、▼中間年度改定を実施すべきか▼実施する場合には改定ルールをどう考えるか―という議論が行われています(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちらとこちらとこちらとこちらとこちら)。
この点、厚生労働省保険局医療課の井内努課長は「薬価改定を行うか否かは、最終的には政府が年末の2021年度予算案を編成する過程で決定するが、中医協でも議論を深めてほしい」との考えを提示。12月2日に2020年の薬価調査結果(速報値)が示されたことを受け、12月11日の薬価専門部会では関係団体(▼日本製薬団体連合会▼米国研究製薬工業協会(PhRMA)▼欧州製薬団体連合会(efpia)―)からの意見聴取を行いました。
3団体ともに「新型コロナウイルス感染症の影響が大きく、医療機関・薬局等への配慮を行うべき」「薬価調査は、『新型コロナウイルス感染症の影響があり、通常とは大きく異なる状況』の中で行われた取り引きを対象としたことを勘案し、『乖離率が著しく大きなもの』のみを改定対象とすべき」との考えを強調しました。
こうした意見も踏まえて診療側の松本委員も、薬価改定を実施する場合でも「対象品目を限定し、新型コロナウイルス感染症と闘う医療機関等への影響を最小限にすべき」と指摘。具体的に「平均乖離率の2倍(約16.0%)以上の品目」とすることを提案しています。
厚労省の試算によれば、約3200品目(医療用医薬品全体の18%)が薬価引き下げの対象となり、その内訳は▼新薬:2品目(新薬の0.1%)▼うち新薬創出・適応外薬解消等加算の対象品目:ゼロ▼長期収載品:55品目(長期収載品の3%)▼後発品:3000品目(後発品の31%)▼その他(1967年以前の薬価基準収載品目):130品目(その他品目の3%)―となります。
これに対し支払側の幸野委員は、中間年度改定の趣旨は「国民負担の軽減」にあることを強調し、「平均乖離率(約8.0%)以下の品目」も改定対象に加える必要があると提案。厚労省に「乖離率2%(調整幅相当)以上」から「乖離率8%以下」を対象品目選別の基準値に据えた場合の試算(対象品目や影響額など)を行うよう依頼しました。
この幸野委員の提案に対しては、米国研究製薬工業協会(PhRMA)から「薬価制度抜本改革の基本方針を白紙にするものである。予見可能性を大きく阻害する」との強い批判が出ています。基本方針には「価格乖離の大きな品目について薬価改定を行う」旨が明示されており、幸野委員の指摘するように「平均乖離率を下回るような品目」までも対象に加えたのでは、この基本方針に沿ったものでなくなる、との考えと言えそうです。
イノベーション推進・予見可能性を考慮しない薬価改定は日本市場の魅力をなくす
また、米国研究製薬工業協会(PhRMA)と欧州製薬団体連合会(efpia)からは、来年度(2021年度)改定にとどまらず、「中間改定そのもの」への厳しい指摘もなされています。具体的には、▼「国民負担軽減」の必要性は理解するが、イノベーションの推進・予見可能性の確保とのバランスを確保する必要がある(現在は「国民負担軽減」に偏っている)▼現在の「国民負担軽減」に偏った状況では、欧米のメガファーマ本社が「日本は医薬品市場としての魅力が乏しい」と判断し、画期的な医薬品の優先的供給がなされなくなる可能性がある(実際に「中華人民共和国市場の魅力」が高まっている)▼新型コロナウイルス感染症の影響が大きな中で、「イノベーションの推進」を阻害する仕組みの議論が進んでいることは残念である—などの指摘です。
医薬品の開発には、多額の投資と長い期間がかかります(発見された新成分のうち上市にたどり着くものはごくごく一部である)。こうした投資を行い、ようやく上市にたどり着いたとしても、「その後に控える薬価改定によって、数年後には価格(薬価)がどうなるのか見通せない」という事態が生じたのでは、製薬企業としては「投資コスト回収できる市場か否かを予見できなくなる。これでは日本は『優先すべき市場』ではない」と判断せざるを得なくなるというのです。
この指摘を受けて診療側の有澤賢二委員(日本薬剤師会常務理事)は「我が国において、再び長期間のドラッグ・ラグ(欧米で承認されている医薬品が、我が国で保険適用されず、保険診療で用いることができない)が生じる可能性がある。『国民負担の軽減』と『イノベーションの推進・予見可能性の確保』とのバランスを中医協で考えていく必要がある」との考えを提示しました。
これに対し幸野委員は、「画期的な新薬については【新薬創出・適応外薬解消等加算】で価格の下支えが一定程度なされており、イノベーションを阻害しているとは考えにくい」と反論しています。
関連して幸野委員は「薬価改定により市場実勢価格との乖離を埋めても、薬価調査の都度8%程度の乖離が生じている」と述べ、薬価を相当程度下げたとしても製薬メーカーの利益は確保されるのではないか、との考えも提示しました。これに対しては、日薬連の手代木功会長(塩野義製薬社長)が「研究開発コストなどの企業負担を勘案すべき」旨を指摘しています。上述のように、製薬メーカーは新薬開発のために巨額の投資を行っていますが、開発が成功するケースは稀なため、開発が成功した製品によって、それらの投資コストを回収しなければ事業継続ができません。幸野委員の指摘には、こうした点が考慮されていないと指摘しているのです。
これらは「毎年度改定・中間年度改定の在り方」にとどまらず、さらに広く「薬価制度の在り方」にも関連する重要な論点です。
優れた医薬品が公的医療保険の中で使えない事態は避けなければなりません(いわゆる「保険あって医療なし」の状態になりかねない)。このため製薬メーカーの指摘どおり「イノベーションの推進・予見可能性の確保」をも考慮した薬価制度が求められます。一方、少子高齢化が急速に進行する(2025年度には団塊の世代がすべて後期高齢者となることから給付費が増加し、一方、2040年度にかけては医療保険制度を支える現役世代人口が急減する)ために、我が国の医療保険制度は脆くなっていきます。公的医療保険制度を維持し、また国民負担を過重なものとしないための工夫(薬価の引き下げもその一つ)も非常に重要です。両者のバランスをどう確保していくのか、極めて重要な検討テーマであり、積極的に議論していくことが求められます。
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