医療事故調査制度発足から丸5年、大規模病院ほど「病床当たり事故件数」多い―日本医療安全調査機構
2020.12.9.(水)
医療事調査告制度が2015年10月にスタートしてから丸5年が経過し、年間平均370件前後の医療事故報告がなされる。病床1ベッド当たりの事故報告件数を病床規模別に見ると、概ね「大規模病院ほど事故報告が多い」傾向にある—。
医療事故の発生場面は、「手術(分娩を含む)」が圧倒的に多く、その内容はバラエティに富んでいる―。
人口100万人あたりの事故報告件数を都道府県別に見ると、宮崎県(5.6件)が最も多く、三重県(5.1件)、京都府(4.9件)、大分県(4.8件)と続く。一方、最も少ないのは山梨県(1.2件)で、最多の宮崎県と最少の山梨県との間に4.7倍の格差がある—。
日本で唯一の医療事故調査・支援センターに指定されている日本医療安全調査機構が11月24日に公表した「医療事故調査制度開始5年の動向」から、こうした状況が明らかになりました(機構のサイトはこちら)。
目次
大規模病院ほど「1床当たり事故件数が多い」状況は変わらず
2015年10月から、すべての医療機関に次のような義務が課せられています【医療事故調査制度】。
▼院長などの管理者が予期しなかった「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産」のすべてを、医療事故・調査支援センター(以下、センター)に報告する
事故の責任を追及するものではなく、「事故の原因を究明していく中で『再発防止』策を構築し、医療安全の確保につなげる」ことが制度の主目的です(関連記事はこちら)。
医療事故調査制度の大きな流れは、▼管理者が医療事故を確認した場合、速やかにセンターに事故報告の旨を報告する → ▼当該医療機関で事故原因の調査【院内調査】を行い、その結果をセンターに報告する → ▼当該医療機関が、調査結果に基づいて事故の内容や原因について遺族に説明する(調査結果報告書などを提示する必要まではない) → ▼センターが事故事例を集積、分析し具体的な再発防止策などを練る—と整理できます。
センターは精力的に「再発防止策」を検討しており、これまでに次の12本の再発防止策が公表されています。
(1)中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析―第1報―
(2)急性肺血栓塞栓症に係る死亡の分析
(3)注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析
(4)気管切開術後早期の気管切開チューブ逸脱・迷入に係る死亡事例の分析
(5)腹腔鏡下胆嚢摘出術に係る死亡事例の分析
(6)栄養剤投与目的に行われた胃管挿入に係る死亡事例の分析
(7)一般・療養病棟における非侵襲的陽圧換気(NPPV)及び気管切開下陽圧換気(TPPV)に係る死亡事例の分析
(8)救急医療における画像診断に係る死亡事例の分析
(9)入院中に発生した転倒・転落による頭部外傷に係る死亡事例の分析(関連記事はこちら)
(10)大腸内視鏡検査等の前処置に係る死亡事例の分析
(11)肝生検に係る死亡事例の分析
(12)胸腔穿刺に係る死亡事例の分析
今年(2020年)9月で制度発足から丸5年が経過したことを受け、センターでは、これまでの動向をまとめています。
まず、報告された医療事故の件数を見ると、毎年「370件」前後で推移しています。
また、病床規模別に「1病床当たりの事故報告件数」を見てみると、若干のブレはあるものの、概ね「規模の大きな病院で、より多くの事故が発生し、報告されている」状況が伺えます。報告すべき医療事故は「予期しなかった死亡事例」であり、「大規模病院で重症患者を多く受け入れている」ことが大きく関係しているとは考えにくく、今後、詳しく分析していくことが重要でしょう。
人口100万人当たりの医療事故、最多の宮崎県と最少の山梨県とで4.7倍の格差
次に、人口100万人当たりの事故報告件数を都道府県別に見てみると、最も多いのは宮崎県の5.6件。ついで、▼三重県:5.1件▼京都府:4.9件▼大分県:4.8件▼熊本県:4.5件―と続きます。
逆に報告件数が少ないのは、▼山梨県:1.2件▼福井県:1.3件▼宮城県:1.7件▼鹿児島県:1.7件▼埼玉県:1.9件▼和歌山県:1.9件▼山口県:1.9件▼徳島県:1.9件―などです。
最多の宮崎県と、最少の山梨県との間には4.7倍の格差があります。「事故報告件数が多い=医療安全に問題がある」と一概に言うことは困難です(事故を正しく報告している医療機関で報告数が多く、事故を隠している医療機関で報告数が少ないという可能性も否定できない)。地域間格差の要因を詳しく分析し、対策を立てる必要があるでしょう。
医療事故の多くは「分娩を含む手術」に起因
事故の原因となった医療内容を見ると、「分娩を含む手術」が圧倒的多数を占めていることが分かります。
手術の内訳を見ると、▼開腹手術▼経皮的血管内手術▼分娩(帝王切開術を含む)▼腹腔鏡下手術▼筋骨格系手術(四肢体幹)―などが比較的多くなっていますが、バラエティに富んでいることが分かります。
事故発生から院内調査完了までの期間は延伸傾向
医療事故調査制度では、まず「事故が発生した医療機関で院内調査を行う」ことが求められています。効果的な再発防止のためには、事故が生じた医療機関等自らが事故の内容や背景を調査し、自院の体制・手続き・ルールなどに問題がなかったかを検証する中で「自院の課題」を発見し、そこから防止策構築に繋げることが重要と考えられているためです。
この点、「事故発生(死亡)から院内調査結果報告までの平均期間」を見ると、▼1年目:148.2日 →(105日延伸)→ ▼2年目:253.2日 →(64.7日延伸)→ ▼3年目:317.9日 →(57.7日延伸)→ ▼4年目:375.6日 →(21.5日延伸)→ ▼5年目:397.1日―という具合に「延伸」していることが分かります。
またこの期間を、「死亡からセンターへの事故発生報告までの期間」と、「発生報告から院内調査結果報告までの期間」とに分けて見ると、次のようになっています。
【死亡からセンターへの事故発生報告まで】(平均)
▼1年目:29.7日 →(8.1日延伸、全延伸期間の7.7%)→ ▼2年目:37.8日 →(18.5日延伸、同28.6%)→ ▼3年目:56.3日 →(11.2日延伸、同19.4%)→ ▼4年目:67.5日 →(3.3日延伸、同15.3%)→ ▼5年目:70.8日―
【発生報告から院内調査結果報告まで】(平均)
▼1年目:118.5日 →(96.9日延伸、全延伸期間の92.3%)→ ▼2年目:215.4日 →(46.2日延伸、同71.4%)→ ▼3年目:261.6日 →(46.5日延伸、同80.6%)→ ▼4年目:308.1日 →(21.5日延伸、同85.1%)→ ▼5年目:326.4日―
「発生報告から院内調査結果報告までの期間」が長く、かつ延伸していることが、院内調査結果報告までの期間が伸びている主な原因であることが分かります。
院内調査には、必然的に一定程度の時間がかかりますが、制度発足以降、ノウハウが蓄積されてきている点を加味すれば、長期的に見れば「院内調査期間」は減少していくものと考えられます。期間延伸の背景に何があるのか(より詳細な調査を行っているのか?など)、詳しい分析をしていくことが必要でしょう。
なお、5年経過時点で「事故発生から院内調査までの期間が12か月以上を要しているケース」(77件)について、その理由を見てみると、▼報告書の作成に時間を要した(32件)▼遺族への調査結果の説明やその後の対応に時間を要した(25件)▼委員会開催のための日程調整に時間を要している―などが多くなっています。
ところで、院内調査の件数について年次推移を見ると、▼1年目:161件 →(154件増)→ ▼2年目:315件 →(26件増)→ ▼3年目:341件 →(10件増)→ ▼4年目:351件 →(20件増)→ ▼5年目:371件―という具合に増加しています。
死亡事故の4割では、解剖もAiも実施されず
また、調査において「解剖」や「Ai(Autopsy imaging:死亡時画像診断)」を行っているケースは次のようになっています。
【解剖実施】
▼1年目:52件・事故の32.3% →(79件・9.3ポイント増加)→ ▼2年目:131件・41.6% →(2件・3.8ポイント減少)→ ▼3年目:129件・37.8% →(10件・1.8ポイント増加)→ ▼4年目:139件・39.6% →(3件増・1.3ポイント減少)→ ▼5年目:142件・38.3%―
【Ai実施】
▼1年目:56件・事故の34.8% →(64件・3.3ポイント増加)→ ▼2年目:120件・38.1% →(9件・5.5ポイント減少)→ ▼3年目:111件・32.6% →(12件・2.4ポイント増加)→ ▼4年目:123件・35.0% →(3件増・1.0ポイント減少)→ ▼5年目:126件・34.0%―
さらに4割程度の死亡事故について、「解剖」も「Ai」も実施されていない状況があります。この点、遺族側の意向もあると思われますが、いったん荼毘に付してしまえば死因究明が極めて難しくなる点を遺族に丁寧に、分かりやすい言葉で説明し、理解を得る努力をしていくことが期待されます。
なお、外部委員の院内調査への参加状況を見ると、▼1年目:75.0% →(11.0ポイント増加)→ ▼2年目:86.0% →(0.5ポイント増加)→ ▼3年目:86.5% →(1.3ポイント減少)→ ▼4年目:84.2% →(1.3ポイント増加)→ ▼5年目:86.5%―となっています。さらなる外部委員の参加促進に期待が集まります。
センターへの調査依頼は30件前後で推移し、遺族は「納得できない」として依頼
医療事故調査制度のベースは「事故が発生した医療機関での院内調査」となりますが、遺族や医療機関からセンターに調査を依頼することも可能です。遺族が院内調査の結果等に納得できない場合や、小規模な医療機関で十分な調査体制を整えられないようなケースが考えられます。ただし、センターがゼロから調査するわけではなく、「院内調査が適切に行われているか」という視点での調査となります。
センターへの調査依頼件数を見ると、▼1年目:16件 →(11件増加)→ ▼2年目:27件 →(5件増加)→ ▼3年目:32件 →(2件減少)→ ▼4年目:30件 →(増減なし)→ ▼5年目:30件―となっています。
遺族からの割合が7-9割を占めており、また遺族は「院内調査結果(治療や死因など)に納得できない」と考えてセンターに調査を依頼するケースが圧倒的に多く、医療機関側は「不信」を取り除くための努力を積極的に行う(例えば、早期に調査を開始する、丁寧に説明するなど)ことが求められていると言えるでしょう。
センターへの相談、遺族からが多くなり、年間2000件程度で推移
冒頭に述べたとおり、医療事故調査制度の報告対象は「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産」のうち「管理者が予期しなかったもの」とされていますが、現場では判断に迷うケースも少なくありません。
このためセンターには数多くの相談が寄せられます。相談件数の推移は、▼1年目:1820件 → ▼2年目:1912件 → ▼3年目:2017件 → ▼4年目:2002件 → ▼5年目:1716件―となっており、年間概ね2000件前後という状況です。
相談者は、制度創設当初は「医療機関から」が多かったのですが、3年目からは「遺族などから」が上回っています。
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気管切開術後早期は気管切開チューブの逸脱・迷入が生じやすく、正しい再挿入は困難—医療安全調査機構の提言(4)
胆嚢摘出術、画像診断・他診療科医師と協議で「腹腔鏡手術の適応か」慎重に判断せよ—医療安全調査機構の提言(5)
胃管挿入時の位置確認、「気泡音の聴取」では不確実—医療安全調査機構の提言(6)
NPPV/TPPVの停止は、自発呼吸患者でも致命的状況に陥ると十分に認識せよ―医療安全調査機構の提言(7)
救急医療での画像診断、「確定診断」でなく「killer diseaseの鑑別診断」を念頭に―医療安全調査機構の提言(8)
転倒・転落により頭蓋内出血等が原因の死亡事例が頻発、多職種連携で防止策などの構築・実施を―医療安全調査機構の提言(9)
「医療事故再発防止に向けた提言」は医療者の裁量制限や新たな義務を課すものではない―医療安全調査機構
大腸内視鏡検査前の「腸管洗浄剤」使用による死亡事例が頻発、リスク認識し、慎重な適応検討を―医療安全調査機構の提言(10)
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