抗血栓療法中・低栄養患者は胃瘻造設リスク高、術後出血や腹膜炎等の合併症に留意を―医療安全調査機構の提言(13)
2021.3.16.(火)
日本で唯一の医療事故調査・支援センター(以下、センター)である日本医療安全調査機構は3月15日に13回目の「医療事故の再発防止に向けた提言」として『胃瘻造設・カテーテル交換に係る死亡事例の分析』を作成・公表しました(機構のサイトはこちら)。
カテーテル交換時の「誤留置」「胃穿孔」などにも留意を
2015年10月から、医療機関の管理者(院長など)に対して「予期しなかった『医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産』」のすべてをセンターに報告することが義務付けられています【医療事故調査制度】。この制度は「医療事故の再発防止」を目的としたもので、事故事例を集積・分析する中で「具体的な再発防止策などを構築」していくことがセンターに課せられた重要な役割の1つとなっています。
センターは、今般、「胃瘻造設・カテーテル交換に係る死亡事例の分析」に係る死亡事例を分析し、13回目の医療事故再発防止策として提言を行いました。
◆過去の提言に関する記事
(1)中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析―第1報―
(2)急性肺血栓塞栓症に係る死亡の分析
(3)注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析
(4)気管切開術後早期の気管切開チューブ逸脱・迷入に係る死亡事例の分析
(5)腹腔鏡下胆嚢摘出術に係る死亡事例の分析
(6)栄養剤投与目的に行われた胃管挿入に係る死亡事例の分析
(7)一般・療養病棟における非侵襲的陽圧換気(NPPV)及び気管切開下陽圧換気(TPPV)に係る死亡事例の分析
(8)救急医療における画像診断に係る死亡事例の分析
(9)入院中に発生した転倒・転落による頭部外傷に係る死亡事例の分析(関連記事はこちら)
(10)大腸内視鏡検査等の前処置に係る死亡事例の分析
(11)肝生検に係る死亡事例の分析
(12)胸腔穿刺に係る死亡事例の分析
胃瘻造設・カテーテル交換に係る死亡事例は、これまでに13例報告されています(増設7例、カテーテル交換6例)。死亡事例は「稀」であるものの、高齢化が進展する中では「安全対策が非常に重要」となってくるため、機構では原因等を詳しく分析。再発防止に向けて次の6項目の提言を行いました。
(1)▼抗血栓療法(抗凝固薬・抗血小板薬の使用)中の場合▼低栄養状態―などは、 胃瘻造設術におけるリスクとなるため、依頼医師と造設医師が連携してリスクを共有する
(2)瘻孔に過度の張力がかかると後日のカテーテル逸脱につながるため、過度の張力がかかると判断された場合には代替方法を検討する。特に▼側彎▼四肢拘縮―のある患者では、造設位置が限局され、瘻孔への張力がより強くなる可能性がある
(3)抗血栓療法中の患者の出血は、短時間で致命的になる場合があるため、内視鏡抜去前に、ガーゼやストッパーで胃壁と腹壁の圧迫の調整を繰り返し、止血状況を確認する。出血が持続する場合は、内視鏡的止血術や「全層結紮」が有効である
(4)胃瘻カテーテル交換時には、抜去や再挿入手技で瘻孔が破綻する可能性がある。カテーテルの誤挿入を防ぐため、ガイドワイヤーなどで胃内と体外を交通させた状態にした挿入が望ましい。カテーテル交換後は、正しく胃内に留置されたことを▼着色水による注入液体回収確認法(スカイブルー法)▼X線造影検査―などで確認する
(5)初回注入以降に、▼発熱▼腹痛▼嘔吐▼顔面蒼白▼呼吸促迫▼苦痛様顔貌―などの症状を認めた場合は、まず「腹膜炎」を疑い対応する
(6)胃瘻を造設している患者の管理は「2か所以上の施設」が担当していることが多く、平常時から胃瘻情報共有ツール(胃瘻手帳など)を活用し、必要な情報を患者・家族を含め施設間で共有することが有用である
胃瘻を造設する患者の多くは自宅や介護施設で療養中であり、必然的に「かかりつけ医」から「胃瘻増設を行う医療機関」へ依頼が行われるケースが多くなります。このため(1)では、造設術を行う医師に対して、「患者のリスクに備えるために、依頼医師と共有した情報をもとにあらかじめ患者を診察する」など、患者の状態を把握しておくことを強く求めています。
なお、術後の合併症リスクを評価する指標としては、消化器がん患者に対する「予後栄養指数:PNI」が有用であることも付言されています。PNIは(血清アルブミン値×10)+(総リンパ球数×0.005)で計算され、▼「45以上」であれば手術可能▼「40超45未満」であれb要注意▼「40以下」であれば切除・吻合禁忌―とされています。機構では「40以下であっても、胃瘻増設の禁忌を示すものではない」と付言したうえで、「PNI35以上の患者グループでは、35未満に比べて生存期間が長い」ことなどを紹介し、参考にすべき基準としています。
胃瘻造設後は胃が固定されるため、「元の位置に戻ろう」という力(張力)が瘻孔にかかります。この張力が強くなれば、「胃瘻造設後のカテーテル逸脱」につながってしまいます。
機構では、まず「造設位置に留意する」よう提言(内視鏡やCTを用い、造設後の状況を推測しながら位置を決める)。併せて、特に▼側彎▼四肢拘縮―のある患者では「造設位置が限定され、瘻孔に過度の張力がかかる可能性」があることを指摘し、その場合には「代替方法」を検討するよう求めています。
胃瘻造設後に多い合併症として「術後出血」があげられます。このうち、「腹腔内出血」や「胃内への出血」は発見が遅れやすく、「抗血栓療法中の患者」では短時間で致命的な状態に陥りかねません。
機構では、(3)のように▼術後出血を早期に発見する工夫を行う(経時的な血圧・脈拍測定、十分な観察、必要に応じた腹部CT検査など)▼出血を確認した場合には、速やかに適切な処置を行う(圧迫止血、出血が持続する場合の「全層結紮」(胃壁固定具を用いて出血部の胃粘膜から皮膚までを結紮する)―ことを強く求めています。
また(4)では、▼カテーテル抜去により「瘻孔の軸にずれや歪みが生じ、直線的ではなくなるケースがある」こと▼抜去時に損傷した部位にカテーテルを迷入してしまう可能性のあること▼カテーテル再挿入時に「瘻孔を穿破する」ケースのある―ことなどを確認。さらに「バルーン型カテーテル」よりも「バンパー型カテーテル」で瘻孔損傷を来しやすいなどの特性があることも紹介。
誤留置を防ぐため、▼瘻孔損傷を最小限に留めるために内部ストッパーの先端を伸展させるなどの抜去抵抗を抑えた器材を使用する▼ガイドワイヤーなどで体外と胃内を交通させる▼ガイドワイヤー使用で瘻孔の方向が確認しにくい場合には、シースを用いてカテーテル再挿入時の抵抗を可能な限り減弱させる―などの工夫を提言しています。
さらに、カテーテル交換後に正しい位置に留置されているか、▼内視鏡を用いた直接確認▼スカイブルー法やX線造影検査による間接確認―を行うことを求めています。仮に、カテーテルが腹腔内に逸脱し、その状態で栄養剤を注入すれば致命的となるため、徹底した確認が重要です。
なお、「胃瘻カテーテルが胃内に留置されている」ことを確認していても、「瘻孔近位の胃穿孔」を発見できない場合がある(この状態で栄養剤を注入すれば、当然、致命的な状態に陥る)。そこで「交換後はカテーテルの先端の位置確認ができたとしても、穿孔している可能性を想定して観察をする」ことも重要となります。
(5)も(4)に関連する提言と言ってよいでしょう。(4)の誤留置など、いくつかの要因が重なり、栄養剤などの注入によって腹膜炎を起こすケースも少なくありません(死亡13例中9例で発生)。
機構では、初回の栄養剤等注入後に▼発熱(いつもより体が熱い)▼腹痛(お腹を痛がる、お腹を触ると抵抗する仕草を見せる)▼嘔吐▼顔面蒼白(いつもより顔色が悪い、青白い)▼呼吸促迫▼苦痛様顔貌(苦痛に顔を歪める、苦悶の表情をする▼頻脈(いつもより脈が速い)―などの症状を認めた場合は、まず「腹膜炎」を疑い、適切に対応することを強く求めています(介護施設や自宅では、上記のカッコ内のサインを見逃さないように十分な観察を行う)。
(1)などで述べたように、胃瘻増設を行う患者の多くは自宅や介護施設で療養しており、「かかりつけ医」と「胃瘻増設を行う医療機関」など、2か所以上の施設が患者の管理を担当することになります。そこで、(6)のとおり、▼患者の基本情報(疾患や治療内容、とりわけ抗血栓薬などの服用の有無など)▼胃瘻造設に関わる情報(造設日、造設した医療機関名、カテーテルのサイズや種類、胃瘻カテーテル交換日、交換した医療機関名、次回交換予定日、注入の実施状況(栄養剤の種類、1日量、注入スケジュール、注入速度、注入時の腹部症状や逆流症状などの特記事項))―などを「胃瘻手帳」等で関係施設が共有することが、早期の異常発見や早期の対応などのために極めて重要となります。
このほか機構では、学会や企業等に対し、▼胃瘻カテーテル関連器材の改善(カテーテル交換時に瘻孔を損傷しないよう胃内ストッパー部が細くなるなどの安全なカテーテルキットの開発等)▼胃瘻造設・カテーテル交換に伴う医療安全情報の周知と教育▼抗凝固薬・抗血小板薬の使用基準作成と周知―を要請しています。
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