手術前に中止すべき薬剤の「中止指示」を行わず、手術が延期となる事例が頻発―医療機能評価機構
2019.4.15.(月)
手術前に中止すべき薬剤を服用している患者に対し、「当該医薬品が中止対象と知らなかった」「中止指示を失念していた」などさまざまな理由から中止指示を行わず、結果として手術が延期となってしまった―。
こうした事例が、2014年1月から今年(2019年)2月末までに7件報告されていることが、日本医療機能評価機構が4月15日に公表した「医療安全情報 No.149」から明らかになりました(機構のサイトはこちら)。
院内で「中止すべき薬剤」の一覧表を作成し、その周知徹底を
日本医療機能評価機構は、全国の医療機関(国立病院や特定機能病院等では義務)から医療事故やヒヤリ・ハット事例(事故に至る前に防いだもののヒヤリとした、ハッとした事例)の報告を受け付け、その内容や背景を詳しく分析したうえで、事故等の再発防止に向けた提言等を行っています(医療事故情報収集等事業、医療事故情報収集等事業、関連記事はこちらとこちら)。
さらに事故事例などの中から、とくに留意すべき事例を毎月ピックアップし、簡潔に整理して「医療安全情報」として公表し、医療現場に特段の注意喚起を促しています(最近の情報はこちらとこちらとこちら)。4月15日に公表された「No.149」では「薬剤の中止の遅れによる手術・検査の延期」がテーマとなりました。
ある病院では、肺がん疑いの患者荷対し気管支鏡検査で生検を行う予定を立てました。しかし外来の主治医が、問診票の「抗血小板薬内服あり」に○印があることに気付かず、血栓・塞栓形成の抑制などに用いる「タケルダ配合錠」(アスピリン・ランソプラゾール配合錠)を中止しませんでした。入院時に、研修医は「タケルダ配合錠は胃薬である」と思い、持参薬報告書のタケルダ配合錠の備考欄に「アスピリン 7日間休薬が必要」との記載も見逃し、中止しませんでした。検査当日に検査室の看護師が患者に抗血小板薬の内服を確認した際、「タケルダ配合錠を内服している」ことが分かり、検査を中止しなければなりませんでした。
また別の病院では、「周術期に休薬する薬剤の一覧表」を作成し、そこでは、閉塞性動脈硬化症に伴う潰瘍や疼痛・冷感、高脂血症などの治療に用いる「イコサペント酸エチルを含む薬剤」(エパデール、エパラ、エパロースほか後発品多数)について「術前7日間の休薬」が推奨されています。しかし、一覧表には同院で採用されている医薬品のみが掲載されており、イコサペント酸エチルとドコサヘキサエン酸エチルを主成分として構成されるオメガー3脂肪酸エチルである「ロトリガ」は記載されていなかったため、医師は「ロトリガが手術前に中止を検討する薬剤である」ことに気付きませんでした。患者が乳房切除術のために入院した際、手術前日に薬剤部より「ロトリガは1週間の休薬が推奨されている」との指摘があり、出血のリスクを考慮して手術を延期しなければなりませんでした。
手術の延期は「入院日数の延長」につながり、患者の在宅復帰・社会復帰を遅らせてしまうほか、院内感染リスク等を引き上げてしまいます。さらに経営的側面でも「患者単価の減少」「DPCでは期間II超え入院の発生」などにつながってしまいます。さらに、医師・看護師をはじめとする医療スタッフの生産性を極めて低下させることは火を見るよりも明らかです。
機構では、▼「手術・検査の際に休薬する薬剤」一覧表に成分名を記載し、院内で周知する▼手術・検査を計画した際、患者の内服薬を把握し「中止する薬剤」がないか確認する―ことを徹底するよう呼びかけています。しかし、医薬品の銘柄は膨大であることから、医師がこれらすべてを把握することは非現実的です。薬剤部と密接に連携し、▼一覧表の更新▼院内の周知(間違えやすい医薬品などでは勉強会が有用)▼医師と薬剤師によるダブルチェック―などの対策を講じることが重要でしょう。
【関連記事】
患者を車椅子へ移乗させる際、フットレストで外傷を負う事故が頻発―医療機能評価機構
酸素ボンベ使用中に「残量ゼロ」となり、患者に悪影響が出てしまう事例が頻発―医療機能評価機構
腎機能が低下した患者に通常量の薬剤を投与してしまう事例が頻発―医療機能評価機構
検体を紛失等してしまい、「病理検査に提出されない」事例が頻発―医療機能評価機構
薬剤師からの疑義照会をカルテに反映させず、再度、誤った薬剤処方を行った事例が発生―医療機能評価機構
膀胱留置カテーテルによる尿道損傷、2013年以降に49件も発生―医療機能評価機構
検査台から患者が転落し、骨折やクモ膜下出血した事例が発生―医療機能評価機構
総投与量上限を超えた抗がん剤投与で、心筋障害が生じた事例が発生―医療機能評価機構
画像診断報告書を確認せず、悪性腫瘍等の治療が遅れた事例が37件も発生―医療機能評価機構
温罨法等において、ホットパックの不適切使用による熱傷に留意を―医療機能評価機構
人工呼吸器、換気できているか装着後に確認徹底せよ-医療機能評価機構
手術場では、清潔野を確保後すぐに消毒剤を片付け、誤投与を予防せよ―医療機能評価機構
複数薬剤の処方日数を一括して変更する際には注意が必要―医療機能評価機構
胸腔ドレーン使用に当たり、手順・仕組みの教育徹底を―医療機能評価機構
入院患者がオーバーテーブルを支えに立ち上がろうとし、転倒する事例が多発―医療機能評価機構
インスリン1単位を「1mL」と誤解、100倍量の過剰投与する事故が後を絶たず―医療機能評価機構
中心静脈カテーテルが大気開放され、脳梗塞などに陥る事故が多発―医療機能評価機構
併用禁忌の薬剤誤投与が後を絶たず、最新情報の院内周知を―医療機能評価機構
脳手術での左右取り違えが、2010年から11件発生―医療機能評価機構
経口避妊剤は「手術前4週以内」は内服『禁忌』、術前に内服薬チェックの徹底を―医療機能評価機構
永久気管孔をフィルムドレッシング材で覆ったため、呼吸困難になる事例が発生―医療機能評価機構
適切に体重に基づかない透析で、過除水や除水不足が発生―医療機能評価機構
経鼻栄養チューブを誤って気道に挿入し、患者が呼吸困難となる事例が発生―医療機能評価機構
薬剤名が表示されていない注射器による「薬剤の誤投与」事例が発生―医療機能評価機構
シリンジポンプに入力した薬剤量や溶液量、薬剤投与開始直前に再確認を―医療機能評価機構
アンプルや包装の色で判断せず、必ず「薬剤名」の確認を―医療機能評価機構
転院患者に不適切な食事を提供する事例が発生、診療情報提供書などの確認不足で―医療機能評価機構
患者の氏名確認が不十分なため、誤った薬を投与してしまう事例が後を絶たず―医療機能評価機構
手術などで中止していた「抗凝固剤などの投与」、再開忘れによる脳梗塞発症に注意―医療機能評価機構
中心静脈カテーテルは「仰臥位」などで抜去を、座位では空気塞栓症の危険―医療機能評価機構
胃管の気管支への誤挿入で死亡事故、X線検査や内容物吸引などの複数方法で確認を―日本医療機能評価機構
パニック値の報告漏れが3件発生、院内での報告手順周知を―医療機能評価機構
患者と輸血製剤の認証システムの適切な使用などで、誤輸血の防止徹底を―医療機能評価機構
手術中のボスミン指示、濃度と用法の確認徹底を―日本医療機能評価機構
小児への薬剤投与量誤り防止など、現時点では「医療現場の慎重対応」に頼らざるを得ない―医療機能評価機構
車椅子への移乗時等にフットレストで下肢に外傷を負う事故が頻発、介助方法の確認等を―医療機能評価機構
メトホルミン休薬せずヨード造影剤用いた検査を実施、緊急透析に至った事故発生―医療機能評価機構
抗がん剤の副作用抑えるG-CSF製剤、投与日数や投与量の確認を徹底せよ―医療機能評価機構
小児への薬剤投与量誤り防止など、現時点では「医療現場の慎重対応」に頼らざるを得ない―医療機能評価機構
2017年10-12月、医療事故での患者死亡は71件、療養上の世話で事故多し―医療機能評価機構
誤った人工関節を用いた手術事例が発生、チームでの相互確認を―医療機能評価機構
2016年に報告された医療事故は3882件、うち338件で患者が死亡―日本医療機能評価機構
手術室などの器械台に置かれた消毒剤を、麻酔剤などと誤認して使用する事例に留意―医療機能評価機構
抗がん剤投与の速度誤り、輸液ポンプ設定のダブルチェックで防止を―医療機能評価機構
2016年7-9月、医療事故が866件報告され、うち7%超で患者が死亡―医療機能評価機構
2015年に報告された医療事故は3654件、うち1割弱の352件で患者が死亡―日本医療機能評価機構
2016年1-3月、医療事故が865件報告され、うち13%超は患者側にも起因要素―医療機能評価機構
15年4-6月の医療事故は771件、うち9.1%で患者が死亡―医療機能評価機構
14年10-12月の医療事故は755件、うち8.6%で患者死亡―医療事故情報収集等事業