人口100万人あたり医療事故報告件数は三重・京都が最多、投薬・注射に起因する死亡事故急増―日本医療安全調査機構
2022.3.22.(火)
医療事調査告制度が2015年10月にスタートしてから2021年末までに2248件の医療事故が報告され、うち86.2%で院内調査が完了している。都道府県別に「人口100万人当たり事故報告数」を見ると、2021年は三重県と京都府が最多となった。依然として大きな地域差がある―。
日本で唯一の医療事故調査・支援センターに指定されている日本医療安全調査機構が3月17日に公表した2021年の「医療事故調査・支援センター 年報〈事業報告〉」から、こうした状況が明らかになりました(機構のサイトはこちら)(2020年年報の記事はこちら、2019年年報の記事はこちら、2018年年報の記事はこちら、2017年年報の記事はこちら、2015年スタートから1年間に関する記事はこちら)。
目次
大規模病院ほど1床当たり事故件数が多いのはなぜか
2015年10月から、医療機関の管理者(院長など)に対して「予期しなかった『医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産』」のすべてをセンターに報告することが義務付けられています【医療事故調査制度】。この制度は「医療事故の再発防止」を目的としたもので、事故事例を集積・分析する中で「具体的な再発防止策などを構築」していくことがセンターに課せられた重要な役割の1つとなっています。
センターは、これまでに次の15本の再発防止策を公表しています。
(1)中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析―第1報―
(2)急性肺血栓塞栓症に係る死亡の分析
(3)注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析
(4)気管切開術後早期の気管切開チューブ逸脱・迷入に係る死亡事例の分析
(5)腹腔鏡下胆嚢摘出術に係る死亡事例の分析
(6)栄養剤投与目的に行われた胃管挿入に係る死亡事例の分析
(7)一般・療養病棟における非侵襲的陽圧換気(NPPV)及び気管切開下陽圧換気(TPPV)に係る死亡事例の分析
(8)救急医療における画像診断に係る死亡事例の分析
(9)入院中に発生した転倒・転落による頭部外傷に係る死亡事例の分析(関連記事はこちら)
(10)大腸内視鏡検査等の前処置に係る死亡事例の分析
(11)肝生検に係る死亡事例の分析
(12)胸腔穿刺に係る死亡事例の分析
(13)胃瘻造設・カテーテル交換に係る死亡事例の分析
(14)カテーテルアブレーションに係る死亡事例の分析
(15)薬剤誤投与に係る死亡事例の分析
また医療事故報告の状況も毎月、迅速に公表しており。今般、「2021年における1年間の状況」が年報としてまとめられました。
まず、報告された医療事故の件数を見ると、2021年の1年間で317件、1か月平均で26.4件となりました。2016年に比べて21.9%減、17年に比べて14.3%減、18年に比べて15.9%減、19年に比べて15.0%減となっており、新型コロナウイルス感染症の影響が伺えます(2020年も従前に比べて10%、20%台の大幅減となった)。
コロナ感染症に対応するために、例えば入院では「病棟の一部閉鎖」(コロナ患者受け入れ病棟に医療スタッフを集中させるため)や「予定手術・予定入院の延期」などが行われており、「入院患者の減少→事故の減少」が生じていると考えられます。
なお、コロナ感染症の急拡大時(いわゆる「第1波」「第2波」などの到来)に併せて事故報告件数が多きく減少していることからも、この点が裏付けられていると言えるでしょう。
事故発生の割合・度合が減少しているわけではないため、「事故件数が減少した」からと言って喜べる状況ではありません。
また病床規模別に「1床当たりの報告件数」を見ると、例年と若干異なるものの「大規模病院で比較的死亡事故が多い」状況を再確認できます。ただし、報告すべき医療事故は「予期しなかった死亡事例」であり、「大規模病院で重症患者を多く受け入れている」ことがこの背景にあるとは考えにくく、詳細な分析が待たれます。
人口100万人当たりの医療事故、2021年は三重県と京都府が最多に
制度発足(2015年10月)から2021年12月までに報告された事故は合計2248件あります。これを都道府県別に「人口100万人当たり医療事故報告件数」として見ると、全国平均では年間2.9件(前年から増減なし)ですが、▼三重県:5.2件(前年から0.1件減)▼京都府:5.2件(同0.3件増)▼宮崎県:4.9件(同0.6件減)▼大分県:4.8件(同0.1件減)▼熊本県:4.1件(同0.8件減)―などで多くなっています。宮崎県は、前年(2020年)まで「4年連続で最多」でしたが、件数の減少とともに、汚名を返上しています。ただし、上位県の顔ぶれは変わっていません(順位変動のみ)。
逆に、▼福井県:1.0件(前年から0.2件減)▼山梨県:1.4件(同増減なし)▼埼玉県:1.7件(同0.1件減)▼鹿児島県:1.8件(同0.1件増)▼宮城県:1.9件(同増減なし)―などで報告件数が少なく、「地域間の格差」があることが分かります。
ただし、留意しなければならないのは、「事故報告件数が多い=医療安全に問題がある」「事故報告件数が少ない=医療安全が優れている」と一概に言うことはできないという点です。
医療事故やヒヤリ・ハット事例(事故には至らなかったがヒヤリとした、ハッとした事例)全般に言えることですが、「事故を正しく報告しない」「隠蔽してしまう」ことは多々あります。したがって、「事故を正しく報告している医療機関が多い地域では報告数が多く、少ない医療機関・地域では適切な報告を行っていない」という可能性も否定できないのです。地域間格差の要因を詳しく分析し、対策を立てることが重要でしょう。
医療事故の起因となった医療内容、「輸血を含む投薬・注射」が急増
事故の起因となった医療内容を見ると、▼分娩を含む手術:137件(全体の43.2%、前年に比べて5.2ポイントのシェア縮小)▼処置:44件(同13.9%、同3.1ポイントのシェア縮小)▼輸血を含む投薬・注射:33件(同10.4%、同4.5ポイントのシェア拡大)▼徴候・症状の診察:19件(同6.0%、同0.8ポイントのシェア拡大)―などが多くなっています。「輸血を含む投薬・注射」に起因する事故増加が気にかかります。
また、病床規模別に「事故の起因となった医療内容」を見ると、有床診療所では手術に起因する事故(帝王切開を含む分娩に起因するものがほとんど)が71.8%と飛びぬけて高いことも明らかになっています。
手術の内訳としては、▼開腹手術:21件(手術の15.3%、前年に比べて手術に占めるシェアが1.9ポイント縮小)▼筋骨格系手術(四肢体幹):17件(同12.4%、同2.8ポイントのシェア拡大)▼経皮的血管内手術:16件(同11.7%、同2.3ポイントのシェア縮小)▼腹腔鏡下手術:15件(同10.9%、同1.2ポイントのシェア縮小)▼開胸手術:13件(同9.5%、同2.6ポイントのシェア縮小)―などが多くなっています。コロナ禍で「予定手術の延期」が行われており、手術の種類・シェアそのものが通常と大きく変わっている可能性がある点に留意して結果を眺める必要があります。
事故発生報告から院内調査結果報告までの期間、2021年は平均388.7日に短縮
次に「事故発生(患者死亡)から院内調査結果報告までの平均期間」を見ると、2021年は388.7日で、前年から7.9日短縮しています。この期間を「事故発生から発生報告まで」と「発生報告から院内調査結果報告まで」とに分けて見てみると、前者は76.2日(前年に比べて3.8日短縮)、後者は312.5日(同4.1日短縮)となり、「全体として、より迅速な報告がなされるようになってきている」状況が伺えます。
ただし、2020年・21には「新型コロナウイルス感染症」という特殊要因があり、その点を踏まえた「院内調査期間の延伸・短縮に関する分析」を行う必要があるでしょう。
院内調査スピードは増加傾向、外部委員が院内調査へ積極参加
医療事故調査は「まず、事故を報告した医療機関で行う」ことが求められます。調査の中で「院内の体制やルール、遵守状況などに問題がある」ことなどに自ら気づくことで、効果的な再発防止策(普遍的な再発防止策ではない)につながると考えられているためです。
2021年に完了した院内調査は311件で、制度発足からの累計では1938件となりました。2021年の院内調査完了件数は、2018年に比べて13.9%減、19年に比べて14.6%減、20年に比べて12.4%減となっており、「減少の原因」がコロナ感染症にあるのか?他にあるのか?を見ていく必要がありそうです。
2021年までに報告された2248件の医療事故のうち86.2%で院内調査が完了しています。前年から1.9ポイント上昇しており、「院内調査スピードが上がっている」ことが分かります。
また、調査において「解剖」や「Ai(Autopsy imaging:死亡時画像診断)」を行っているケースは、2021年には▼解剖:35.4%(前年から1.5ポイント減)▼Ai:34.1%(同0.5ポイント減)となり、いずれか、あるいは双方を活用した調査を実施している医療機関は全体の57.2%となりました(前年から0.8ポイント減)。
さらに外部委員の院内調査への参加状況を見ると、2020年は88.4%で参加があり、前年から1.9ポイント上昇しています。新型コロナウイルス感染症の影響で日程調整が困難な状況ですが、地域の病院会や医師会、大学病院などの外部委員が「事故原因の究明」に積極的に協力している状況が伺えます。
センターへの調査依頼、2021年は遺族から31件、医療機関から2件
医療事故調査制度のベースは「事故が発生した医療機関での院内調査」となりますが、遺族や医療機関からセンターに調査を依頼することも可能です。遺族が院内調査の結果等に納得できない場合や、小規模な医療機関で十分な調査体制を整えられないようなケースが考えられます。ここでは「院内調査が迅速かつ適切に行われているか」という視点で調査が行われます(ゼロから事故の原因などを調査するわけではない)。
センターへの調査依頼件数は2021年には33件あり、前年から6件増加しました。内訳は、遺族から31件(依頼全体の93.9%、前年より12.4ポイントのシェア拡大)、医療機関から2件(同6.1%)となっています。従前と同様に「遺族からの調査依頼」が多い点に変化はありません。遺族からの調査依頼の理由を見ると、「院内調査結果(治療や死因など)に納得できない」が圧倒的多数を占め、この状況も前年から変わっていません。
センターへの相談件数、2021年もコロナ前と比べて「低調」のまま
医療事故調査制度の報告対象は「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産」のうち「管理者が予期しなかったもの」とされていますが、現場では判断に迷うケースも少なくないでしょう。
このためセンターには数多くの相談が寄せられます。2021年の1年間に寄せられた相談件数は1685件。2020年に比べると4.7%増加しているものの、2017年に比べて12.8%減、18年に比べて15.3%減、19年に比べて18.0%減となっており「コロナ感染症の影響」がここにも出ていると考えられます。
医療機関からの相談が43.0%(前年から2.2ポイント減)、51.6%(同3.2ポイント減)となりました。遺族などからの相談は「報告対象の判断」が圧倒的ですが、制度発足前の死亡事故(報告対象ではない)も半数超あり、制度への正しい理解が求められます。
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2018年5月までに997件の医療事故、うち69.9%で院内調査完了―日本医療安全調査機構
2018年4月までに965件の医療事故、うち68.5%で院内調査完了―日本医療安全調査機構
2018年3月までに945件の医療事故が報告され、67%で院内調査完了―日本医療安全調査機構
2018年2月までに912件の医療事故報告、3分の2で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2018年1月までに888件の医療事故が報告され、65%超で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2017年末までに857件の医療事故が報告され、63.8%で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2017年9月までに751件の医療事故が報告、院内調査は63.4%で完了―日本医療安全調査機構
2017年8月までに716件の医療事故報告、院内調査のスピードは頭打ちか―日本医療安全調査機構
2017年7月までに674件の医療事故が報告され、63.5%で院内調査完了―日本医療安全調査機構
2017年6月までに652件の医療事故が報告され、6割超で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2017年5月までに624件の医療事故が報告され、6割超で院内調査完了―日本医療安全調査機構
2017年4月までに601件の医療事故が報告、約6割で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2017年2月までに546件の医療事故が報告、過半数では院内調査が完了済―日本医療安全調査機構
2017年1月までに517件の医療事故が報告、半数で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2016年12月までに487件の医療事故が報告され、46%超で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2016年11月に報告された医療事故は30件、全体の45%で院内調査が完了―日本医療安全調査機構
2016年10月に報告された医療事故は35件、制度開始からの累計で423件―日本医療安全調査機構
2016年8月に報告された医療事故は39件、制度開始からの累計で356件―日本医療安全調査機構
2016年7月に報告された医療事故は32件、制度開始からの累計で317件―日本医療安全調査機構
2016年6月に報告された医療事故は34件、制度開始からの累計では285件―日本医療安全調査機構
制度開始から半年で医療事故188件、4分の1で院内調査完了―日本医療安全調査機構
医療事故に該当するかどうかの判断基準統一に向け、都道府県と中央に協議会を設置―厚労省
医療事故調査制度、早ければ6月にも省令改正など行い、運用を改善―社保審・医療部会
医療事故調査制度の詳細固まる、遺族の希望を踏まえた事故原因の説明を―厚労省
中心静脈穿刺は致死的合併症の生じ得る危険手技との認識を—医療安全調査機構の提言(1)
急性肺血栓塞栓症、臨床症状に注意し早期診断・早期治療で死亡の防止—医療安全調査機構の提言(2)
過去に安全に使用できた薬剤でもアナフィラキシーショックが発症する—医療安全調査機構の提言(3)
気管切開術後早期は気管切開チューブの逸脱・迷入が生じやすく、正しい再挿入は困難—医療安全調査機構の提言(4)
胆嚢摘出術、画像診断・他診療科医師と協議で「腹腔鏡手術の適応か」慎重に判断せよ—医療安全調査機構の提言(5)
胃管挿入時の位置確認、「気泡音の聴取」では不確実—医療安全調査機構の提言(6)
NPPV/TPPVの停止は、自発呼吸患者でも致命的状況に陥ると十分に認識せよ―医療安全調査機構の提言(7)
救急医療での画像診断、「確定診断」でなく「killer diseaseの鑑別診断」を念頭に―医療安全調査機構の提言(8)
転倒・転落により頭蓋内出血等が原因の死亡事例が頻発、多職種連携で防止策などの構築・実施を―医療安全調査機構の提言(9)
「医療事故再発防止に向けた提言」は医療者の裁量制限や新たな義務を課すものではない―医療安全調査機構
大腸内視鏡検査前の「腸管洗浄剤」使用による死亡事例が頻発、リスク認識し、慎重な適応検討を―医療安全調査機構の提言(10)
「肝生検に伴う出血」での死亡事例が頻発、「抗血栓薬内服」などのハイリスク患者では慎重な対応を―医療安全調査機構の提言(11)