介護保険で2割負担となる「一定所得者(上位所得者)の範囲」など、給付と負担の見直し内容を2023年までに固める—社保審・介護保険部会
2023.7.12.(水)
7月10日に開催された社会保障審議会・介護保険部会で、ついに「給付と負担の見直し」に向けた議論が始まりました。「年末までに結論を出す」こととされていますが、従前のように「委員が自分の意見を言い放つ」のみでは議論は全く深まりません。サービス提供サイドには「厳しい介護保険財政をどうしていくべきか」、費用負担サイドには「サービス確保、質の向上をどのように図っていくべきか」という逆の立場での考えも求められます。
同日には、今後、各都道府県・市町村が介護保険計画を作成するにあたっての「基本指針」も大枠で決定されました。近く厚生労働省が都道府県の担当課長会議等を開き、周知を図っていきます。
介護保険の「給付と負担の見直し」は2023年末までに内容を決定
Gem Medで報じているとおり、昨年12月に介護保険部会で制度改革案がまとめられましたが、「給付と負担の見直し」については、次のように「結論の先送り」がなされていました。委員間で意見の隔たりがあまりに大きかったためです(関連記事はこちら)。
【早急に検討、遅くとも来夏(2023年夏)までに結論】
(1)高所得者の1号保険料の負担の在り方
→国の定める標準段階の多段階化、高所得者の標準乗率の引上げ、低所得者の標準 乗率の引下げ等について検討を行うことが適当(具体的な段階数、乗率、低所得者軽減に充当されている公費と保険料の多段階化の役割分担等について、次期計画(2024年度からの第9期計画、以下同)に向けた保険者(市町村)の準備期間等を確保するため、早急に結論を得る)
(2)「一定以上所得」の判断基準
→「一定以上所得」(2割負担)の判断基準について、 後期高齢者医療制度との関係、介護サービスは長期間利用されること等を踏まえつつ、高齢者の方々が必要なサービスを受けられるよう高齢者の生活実態や生活への影響等も把握しながら検討を行い、次期計画に向けて結論を得ることが適当
(3)多床室の室料負担
→介護老人保健施設・介護医療院の多床室の室料負担の導入について、在宅でサービスを受ける者との負担の公平性、各施設の機能や利用実態等、これまでの本部会における意見を踏まえつつ、介護給付費分科会において介護報酬の設定等も含めた検討を行い、次期計画に向けて結論を得る
【第10期計画期間の開始までの間(つまり2026年度まで)に結論】
(4)ケアマネジメントに関する給付の在り方
→利用者やケアマネジメントに与える影響、他のサービスとの均衡等も踏まえながら、包括的に検討を行い、第10期計画期間の開始までの間(つまり2026年度中)に結論を出すことが適当
(5)軽度者への生活援助サービス等に関する給付の在り方
→介護サービスの需要が増加する一方、介護人材の不足が見込まれる中で、現行の総合事業に関する評価・分析等を行いつつ、第10期計画期間の開始までの間(つまり2026年度中)に、介護保険の運営主体である市町村の意向や利用者への影響等も踏まえながら包括的に検討を行い、結論を出すことが適当
【将来の検討課題】
(6)被保険者範囲・受給権者範囲
→、介護保険を取り巻く状況の変化も踏まえつつ、引き続き検討を行うことが適当
(7)補足給付に関する給付の在り方
→補足給付に係る給付の実態やマイナンバー制度を取り巻く状況なども踏まえつつ、引き続き検討を行うことが適当
(8)「現役並み所得」の判断基準
→「現役並み所得」(3割負担)の判断基準については、医療保険制度との整合性や利用者への影響等を踏まえつつ、引き続き検討を行うことが適当
このうち(1)(2)について、早急に結論を出さなければなりませんが、骨太方針2023(経済財政運営と改革の基本方針2023)では「年末までに結論を得る」と、さらに結論を先延ばしすることしています。
7月10日の介護保険部会では、(1)(2)の議論に向けて「75歳以上世帯の収入・支出モデル」「保険料多段階設定の考え方」が示されました。
まず前者の収支モデルは「負担増を考える際には、対象者の家計への影響を把握する」ことが前提となる点を踏まえたもので、次のような「平均的な姿」が示されています。
【単身世帯】
▽上位20%の平均を見ると、280万円の年収に対し258万円の支出があり、「22万円のプラス」(黒字)となっている
▽上位30%の平均を見ると、220万円の年収に対し211万円の支出があり「9万円のプラス」(黒字)となっている
【夫婦2人世帯】
▽上位20%の平均を見ると、346万円の年収に対し328万円の支出があり、「24万円のプラス」(黒字)となっている
▽上位30%の平均を見ると、286万円の年収に対し265万円の支出があり「23万円のプラス」(黒字)となっている
総務省の家計調査から出した「平均値」であり、このデータからダイレクトに「上位20%の人は経済的余裕があり、一定の負担増(2割負担)に耐えられる」と判断することは危険です。介護保険部会委員からは、「介護支出は恒常的なものであり、医療支出と同列に考えることはできない。高齢者の生活・経済状況はさまざまであり、持ち家か借家住まいかで違いはないのか地域での違いはないのか、などを詳細に見てから考えなければならない」(染川朗委員:UAゼンセン日本介護クラフトユニオン会長)、「応能負担(経済能力の高い人が、より多く負担する)の考え方は妥当だが、2割以上負担者の線引きは極めて慎重に検討すべき」(小林司委員:日本労働組合総連合会総合政策局生活福祉局長)、「データのもととなる家計調査は2022年のものであり、そこから急速に物価・光熱水費などが上昇しており、そうした影響も細かく見ていかなければならない」(座小田孝安委員:民間介護事業推進委員会代表委員)、「物価上昇や、後期高齢者医療制度の利用者負担増など様々な要素を勘案して2割負担の対象者を考える必要がある」、「デイサービスの平均利用者負担(1割負担)は1日1500円程度であり、これが2割、3割となれば家計への影響は大きく、利用控えにつながる可能性も高い、保険とは何かを改めて考えるべき」(小泉立志委員:全国老人福祉施設協議会副会長)などの慎重意見が多数でています。
一方、吉森俊和委員(全国健康保険協会理事)や伊藤悦郎委員(健康保険組合連合会常務理事)らの費用負担者委員は「現役世代の負担は限界であり、利用者負担の在り方(2割負担となる一定所得者の範囲など)について迅速に結論を得て、見直しを実施すべき」と強く訴えています。
ほかに「金融資産などの状況も把握し、負担能力を考えるべき」(井上隆委員:日本経済団体連合会専務理事)などの意見も出ており、今後、議論を深めていくことになります。
また、後者の「保険料多段階設定」とは、「低所得者の保険料は低く抑え、高所得者の保険料は高く設定する」ものです。現在、国は9段階の標準的な考え方を示しています(これを参考に自治体で独自の段階設定が可能)が、今後、▼低所得者の保険料負担をさらに抑える▼高所得者の区分を細分化し、より高所得の者の保険料負担を引き上げる—考えを示しています。
応能負担((経済能力の高い人が、より多く負担する)を求めるもので、この方向そのものに明確な異論・反論は出ていませんが「将来に向けて、高所得者と言えど青天井の負担は好ましくない。一定の上限を設定すべき」(小泉委員)、「保険料負担増となる層の状況を丁寧に見る必要がある」(染川委員、小林委員)などの配慮を求める声が出ています。
今後、自治体による実際の保険料段階設定を詳しく見ながら、国の標準段階を詰めていくことになります。この点、自治体サイドからは「地域での段階設定を検討する時間が必要である。できるだけ早期に国の具体案を提示してほしい」との要望が出ています。
なお、今後の議論に向けては、冒頭に述べたように「負担増に反対する者は、介護保険制度の持続可能性をどう考えるのかについての意見」を、「負担増に賛成する者は、サービスへのアクセスの確保などをどう考えるのかについての意見」を示し、すり合わせていくことが重要です。意見を言い放つだけでは結論に繋がりません。議論を収束させていくための努力も必要です。
市町村・都道府県の介護計画の拠り所となる「基本指針」の内容を概ね固める
また、7月10日の介護保険部会では、市町村による介護保険事業計画作成、都道府県による介護保険事業支援計画作成の拠り所となる「基本指針」を固めました。
基本指針案は、昨年(2022年)末までの介護保険部会論議を踏まえたもので、例えば介護サービス基盤を計画的に整備するために▼中長期的に地域の人口動態や介護ニーズの見込み等を適切に捉える▼既存施設・事業所のあり方も含めて検討する▼医療・介護双方のニーズを有する高齢者の増加を踏まえ、医療・介護の連携を強化する▼複合的な在宅サービスの整備を推進する▼地域密着型サービスの更なる普及を図る—、介護人材確保・介護現場の生産性向上に向けて▼都道府県主導の下で生産性向上に資する様々な支援・施策を総合的に推進する▼介護サービス事業者の財務状況等の見える化を推進する—ことなどが、従前からの大きな改正点となっています。
2月27日の前回会合で、基本指針案に対し「介護人材の確保・定着をより重視していくべき」「地域密着型サービス(小規模多機能型居宅介護など)の広域利用を、より簡便にできるようにしていく必要がある」「寝たきり・重度の要介護状態にならないようなリハビリの充実・推進が極めて重要である」などの意見が出たことを踏まえ、厚労省で内容を一部修正。
さらに7月10日の会合で、「重度化防止・介護予防は重要だが、それが介護保険の目的ではない。介護保険の目的は『尊厳を保持し、有する能力に応じ自立した日常生活を営めるように必要なサービス提供を行う』ことにある。その点の誤解がないようにすべき」(粟田主一委員:東京都健康長寿医療センター研究所副所長)、「危機的なヘルパー確保対応を強調すべき」(花俣ふみ代委員:認知症の人と家族の会常任理事)、「事業所の大規模化・協働化の推進、広域的なサービス利用の柔軟化など、効率的なサービス提供を進める環境を整備すべき」(井上委員)、「かかりつけ医を中心とした医療・介護連携を進めるべき」(小泉委員)、「市町村による介護予防事業と保健事業の一体的実施を都道府県が協力にサポートすべき」(津下一代委員:女子栄養大学特任教授)、「医療・介護連携の更なる推進に向け、地域医療構想調整会議への介護側の積極的な参加を促すべき」(江澤委員)などの意見が出されており、これらを踏まえて、菊池馨実部会長(早稲田大学理事・法学学術院教授)と厚労省とで最終の文言調整を行っていくことになりました。
今後、7月下旬から8月上旬に開催する都道府県担当課長会議において「案ベース」の説明を行い、各市町村・都道府県で計画作成に入ります。その後、10から11月頃に厚生労働大臣が基本指針を告示。さらに、今後の「2024年度介護報酬改定に向けた議論」を踏まえて、各自治体で必要な条例改正などを行い、来年(2024年)4月から新計画・新介護報酬に基づく制度がスタートします。
●基本指針案(新旧対照表)はこちら(今後、文言が最終調整される可能性あり
なお、従前より問題視されている「有料の人材紹介会社による不適切な対応」(短期間の転職を促すなど)に関連し、厚労省から「集中的監視を行う」などの是正方針が報告されています。この点について委員からは「小規模な介護事業所が共同で求人を行えるような仕組みを考えるべき」(佐藤主光委員:一橋大学国際・公共政策大学院、大学院経済学研究科教授)、「人材紹介会社の集中的監視とあわせて、ハローワークの機能強化を進めるべき」(小林委員)などの注文がついています。
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