「インスリンバイアル製剤の過量投与」事故が散発しており院内で上限量設定などの工夫を、少量製剤の開発にも期待―医療機能評価機構
2023.12.28.(木)
本年(2023年)7-9月に報告された医療事故は1335件、ヒヤリ・ハット事例は5833件であった。医療事故のうち6.0%では患者が死亡しており、10.9%では死亡にこそ至らないまでも「障害残存」の可能性が高い—。
こういった状況が、日本医療機能評価機構が12月25日に公表した「医療事故情報収集等事業」の第75回報告書(本年(2023年)7-9月が対象)から明らかになりました(機構のサイトはこちら)(前四半期(2023年4-6月)を対象にした第74回報告書に関する記事はこちら)。
また報告書では、「インスリンバイアル製剤の過量投与」事故に焦点を合わせた更なる分析を行っています。重大な健康被害につながる可能性もあり、機構提言を踏まえ、各医療機関で「自院にマッチした再発防止策」を構築・周知する必要があります。
目次
2023年7-9月も、「治療・処置」に関する医療事故が最多に
本年(2023年)7-9月に報告された医療事故は1335件でした。
事故の程度別に見ると、▼死亡:80件・事故事例の6.0%(前四半期に比べて0.6ポイント減)▼障害残存の可能性が高い:146件・同10.9%(同1.3ポイント増)▼障害残存の可能性が低い:388件・同29.1%(同0.5ポイント減)▼障害残存の可能性なし:371件・同27.8%(同0.1ポイント減)―などとなりました。前四半期に比べて事故が軽度化しているように見えますが、「中長期的に動向を見ていく」必要があります。
医療事故の概要を見ると、最も多いのは「治療・処置」の422件・31.6%(前四半期に比べて2.2ポイント減)。次いで、「療養上の世話」の409件・30.6%(同2.9ポイント減)、「薬剤」123件・同9.2%(同2.1ポイント増)、「ドレーン・チューブ」99件・同7.4%(同0.5ポイント減)などと続きます。項目の順位・シェアは報告の度に変動しており、コロナ禍での医療現場の混乱状況が伺えます。今後も中長期的に動向を見守る必要があります。
ヒヤリ・ハット事例は、依然として「様々な場面で発生」している点に最大限留意を
ヒヤリ・ハット事例に目を移すと、本年(2023年)7-9月の報告件数は5883件。内訳を見ると、依然として「薬剤」関連の事例が最も多く2243件・ヒヤリ・ハット事例全体の38.5%(前四半期と比べて2.7ポイント増)を占めています。次いで「療養上の世話」1230件・同21.1%(同2.6ポイント減)、「ドレーン・チューブ」725件・同12.4%(同0.4ポイント減)などと続いています。医療事故に比べてシェアや順位の変化などが小さい、という点は従前と同様です。
ヒヤリ・ハット事例のうち、医療機関での実施がなかった3126件について、「仮に実施してしまっていた場合の患者への影響度」を見ると、「軽微な処置・治療が必要、もしくは処置・治療が不要と考えられる」事例が94.0%(前四半期から8.2ポイント増)と、大部分を占めている状況にも変化はありません。
しかし、「濃厚な処置・治療が必要と考えられる」ケースも5.1%(同8.3ポイント減)、さらに「死亡・重篤な状況に至ったと考えられる」ケースも1.0%(同0.2ポイント増)あります。一部にとどまってはいますが、「一歩間違えば重大な影響が出ていた」事例が生じ、またその割合が増加している点を重く見て、「すべての医療機関において院内のチェック体制を早急に点検しなおす」必要があります。
なお、その際には、Gem Medで繰り返しお伝えしているように「個人の注意だけで医療事故やヒヤリ・ハット事例を防止することはできない」点に留意しなければなりません。どれだけ注意深く業務を行っても、人は必ずミスを犯します。とりわけ、極めて多忙な業務環境にある医療従事者はミスが生じやすい状況に置かれており、こうした中では、「ペナルティの導入」などには意味がなく(効果がない)、かえって弊害のほうが大きくなると危機管理の専門家は指摘します。
「人はミスを必ず犯す」という前提に立ち、「必ず複数人でチェックする」「ミスが生じる前に、あるいは生じた場合には、すぐに気付ける仕組みを構築する」「また包み隠さず報告できるような、院内のルールを遵守し、医療安全を確保し、医療の質を向上させようという、風土を作り上げる」など、医療機関全体で対策を講じることが必要です。
ただし、「複数人でのチェック」には大きな落とし穴がある点にも留意が必要です。A・Bの2人でチェックをする際に、Aさんは「Bさんがチェックをするので『だいたい』で良かろう」と、Bさんは「Aさんがチェックをしているので『だいたい』で良かろう」と考えてしまうことが少なからずあります。この場合には「1人でのチェック」よりも甘くなってしまいます。こうした点も十分に認識したうえで、慎重に「複数チェック」を導入する必要があるでしょう(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
インスリンの過量投与防止に向け、「1バイアル100単位」製剤などの開発に期待
報告書では毎回テーマを絞り、医療事故の再発防止に向けた詳細な分析を行っています。今回は(1)インスリンバイアル製剤の過量投与に関連した事例(2)閉鎖式コネクタに関連した事例—を詳細に分析し、改善策を提示しています。
本稿では、前回報告書に続く(1)の「インスリンバイアル製剤の過量投与」に焦点を合わせます。こうした事故は2018年1月から本年(2023年)6月までに27件報告され、発生段階別に見ると(a)処方・指示の入力時のミス:3件(b)口頭での処方・指示におけるミス:3件(c)入力された処方・指示を受けた段階でのミス:3件(d)口頭での処方・指示を受けた段階でのミス:1件(e)準備・調整段階でのミス:17件—となっています。
まず(a)の「処方・指示の入力時のミス」を見ると、「10%ブドウ糖液500mL+ヒューマリンR注10『単位』」と入力すべきところ、「10%ブドウ糖液500mL+ヒューマリンR注10『mL』」と入力してしまった、「5%ブドウ糖液500mL+ヒューマリンR注10『単位』」と入力すべきところ、「5%ブドウ糖液500mL+ヒューマリンR注『100』単位」と入力してしまったことなどが分かりました。
また(b)の「口頭での処方・指示におけるミス」を見ると、「ヒューマリンR注を4単位静注」を意図して、上級医が「ヒューマリンRで準備して」と口頭で指示を行ったところ、研修医が「ヒューマリンR注10mL(1V全量)を静注」してしまうなどの事例が目立ちます。背景には、「上級医が投与する単位数を指示していない」「研修医がGI(グルコース・インスリン)療法の実施方法を知らないまま準備し手しまった」ことなどがあるようです。
他方、(c)の「入力された処方・指示を受けた段階でのミス」としては、「ヒューマリンR注50単位+生理食塩液50mL」との入力内容があったものの、看護師が注射処方箋に記載された「ヒューマリンR注100単位/mL 10mL/V」の一部を見落とし、50単位のつもりで5mLを準備してしまった(ヒューマリンR注5mL(500単位)+生理食塩液50mL)などの事例が発生しています。
さらに(e)の「準備・調整段階でのミス」としては、例えば「『1バイアル=1単位』と思い込み、インスリン1単位の指示があったところ、誤って1000単位を準備してしまった」、「『1単位=1mL』と誤解し、インスリン10単位の指示があったところ、誤って1000単位を準備してしまった」などの事例が生じています。
こうした事例を詳細に分析し、機構では次のような再発防止策を提言しています。各医療機関で、この提言を参考にしながら「自院にマッチした再発防止策」を検討・実施・周知することが重要です。
【指示入力時の事故再発防止策】
▽インスリンバイアル製剤を処方する場合の「上限の量」を設定し、それ以上は処方できないようにするとよい(一般的には上限を100単位でよい)
▽指示入力のたびに「単位」「mL」を選択するのではなく、インスリンの指示量は「単位」に固定する
【注射処方箋の表記に関する事故再発防止策】
▽注射処方箋の記載情報量が多いと何が重要な情報か伝わりにくく、間違いを誘発する。最も重要な「投与単位数」が見やすくなるように表記を見直す
【GI療法の標準化に関する事故再発防止策】
▽GI療法の組成が統一されず、緊急で必要となり、医師・看護師が慣れない状況で口頭指示を行い、急いで準備・投与する際に事故(ミス)が発生している。GI療法の組成を院内で、さらには全国で標準化することが望ましい
▽GI療法を院内で標準化し、電子カルテのセット処方にすることで、処方が簡便になり、間違いも防止できる
▽GI療法指示の際は、投与開始後のカリウム値や血糖値のモニタリングもセットにする
▽標準化した希釈方法の一覧を院内掲示する、ポケットに入る大きさのシートにして職員に配付する
【インスリン専用注射器の周知による事故再発防止策】
▽どのような時でも例外なく「インスリン専用注射器を使用する」ことを周知する
▽インスリン専用注射器を「見本」のような形でバイアルに付ける
▽インスリン専用注射器の「正しい使用方法」を教育する
【教育による事故再発防止策】
▽インスリンの「バイアルや専用注射器を実際に扱う」ような研修を行う
▽入職時に「自施設のインスリンに関するルール」を周知する
【モノの改善による事故再発防止策】
▽インスリンバイアル製剤は1バイアル1000単位だが、1回に1000単位使用することはない。「1バイアル100単位」などの規格が望まれる
▽「静注に適した製剤」の開発などが望まれる
▽「インスリン専用注射器」と「1mL注射器」とで、明らかに見分けがつく形状等への改善が望まれる
▽「インスリンバイアル製剤にはインスリン専用注射器しか接続できない」ような構造への見直しが望まれる
▽「インスリンを混注するためのペン型デバイス」など、より簡便で間違えにくいモノの開発が期待される
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