「退院後、自院の外来での処方漏れ」による重大医療事故が散発、入院・外来担当医が治療内容を相互確認するなどの工夫を―医療機能評価機構
2024.6.28.(金)
今年(2024年)1-3月に報告された医療事故は1298件、ヒヤリ・ハット事例は4793件であった。医療事故のうち7.6%では患者が死亡しており、11.1%では死亡にこそ至らないまでも「障害残存」の可能性が高い—。
こういった状況が、日本医療機能評価機構が6月27日に公表した「医療事故情報収集等事業」の第77回報告書(本年(2024年)1-3月が対象)から明らかになりました(機構のサイトはこちら)(前四半期(2023年10-12月)を対象にした第76回報告書に関する記事はこちら)。
また今回も報告書でも「退院前後の処方間違い」事故に焦点を合わせた更なる分析を行っています。重大な健康被害につながっている事例も散発しており、機構提言を踏まえ、各医療機関で「自院にマッチした再発防止策」を構築・周知する必要があります。
目次
2024年1-3月、重大な医療事故(死亡事例など)は減少したが、引き続き注意を
日本医療機能評価機は、全国の医療機関から医療事故やヒヤリ・ハット事例(事故には至らなかったものの担当医療スタッフ等が「ヒヤリ」とした、「ハッ」とした事例)の報告を受け、背景等を詳しく分析して「事故等の再発防止に向けた提言」等を定期的に行っています【医療事故情報収集等事業】(国立病院や特定機能病院などでは事故等の報告が義務付けられている)。
今年(2024年)1-3月に報告された医療事故は1298件でした。
事故の程度別に見ると、▼死亡:99件・事故事例の7.6%(前四半期に比べて0.8ポイント減)▼障害残存の可能性が高い:144件・同11.1%(同1.3ポイント減)▼障害残存の可能性が低い:356件・同27.4%(同1.8ポイント減)▼障害残存の可能性なし:344件・同26.5%(同2.9ポイント減)―などとなりました。前四半期に比べて事故が軽度化しているように見えますが、中長期的に状況を見ていく必要があります。
医療事故の概要を見ると、最も多いのは「治療・処置」の428件・33.0%(前四半期に比べて1.9ポイント減)。次いで、「療養上の世話」の424件・32.7%(同4.2ポイント増)、「薬剤」104件・同8.0%(同1.1ポイント増)、「ドレーン・チューブ」93件・同7.2%(同0.1ポイント減)などと続きます。項目の順位・シェアは報告の度に変動しており、コロナ感染症が落ち着いてきたとはいえ、医療現場がまだ混乱から抜け切れていない状況が伺えます。今後も中長期的に動向を見守る必要があります。
ヒヤリ・ハット事例は、依然として「様々な場面で発生」している点に最大限の留意を
ヒヤリ・ハット事例に目を移すと、今年(2024年)1-3月の報告件数は4793件。内訳を見ると、依然として「薬剤」関連の事例が最も多く1718件・ヒヤリ・ハット事例全体の35.8%(前四半期と比べて1.7ポイント増)を占めています。次いで「療養上の世話」1182件・同24.7%(同6.2ポイント増)、「ドレーン・チューブ」715件・同14.9%(同1.3ポイント増)などと続いています。
ヒヤリ・ハット事例のうち、医療機関での実施がなかった2605件について、「仮に実施してしまっていた場合の患者への影響度」を見ると、「軽微な処置・治療が必要、もしくは処置・治療が不要と考えられる」事例が96.3%(前四半期から1.8ポイント減)と、大部分を占めている状況にも変化はありません。
しかし、「濃厚な処置・治療が必要と考えられる」ケースも2.6%(同1.0ポイント増)、さらに「死亡・重篤な状況に至ったと考えられる」ケースも1.2%(同1.0ポイント増)あります。一部にとどまってはいますが、「一歩間違えば重大な影響が出ていた」事例が生じている点を重く見て、「すべての医療機関において院内のチェック体制を早急に点検しなおす」必要があります。
なお、その際には、Gem Medで繰り返しお伝えしているように「個人の注意だけで医療事故やヒヤリ・ハット事例を防止することはできない」点に留意しなければなりません。どれだけ注意深く業務を行っても、人は必ずミスを犯します。とりわけ、極めて多忙な業務環境にある医療従事者はミスが生じやすい状況に置かれており、こうした中では、「ペナルティの導入」などには意味がなく(効果がない)、かえって弊害のほうが大きくなると危機管理の専門家は指摘します。
「人はミスを必ず犯す」という前提に立ち、「必ず複数人でチェックする」「ミスが生じる前に、あるいは生じた場合には、すぐに気付ける仕組みを構築する」「また包み隠さず報告できるような、院内のルールを遵守し、医療安全を確保し、医療の質を向上させようという、風土を作り上げる」など、医療機関全体で対策を講じることが必要です。
ただし、「複数人でのチェック」には大きな落とし穴がある点にも留意が必要です。A・Bの2人でチェックをする際に、Aさんは「Bさんがチェックをするので『だいたい』で良かろう」と、Bさんは「Aさんがチェックをしているので『だいたい』で良かろう」と考えてしまうことが少なからずあります。この場合には「1人でのチェック」よりも甘くなってしまいます。こうした点も十分に認識したうえで、慎重に「複数チェック」を導入する必要があるでしょう(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
退院後の外来などで「処方漏れ」が生じ、健康被害が発生する医療事故も散発
報告書では毎回テーマを絞り、医療事故の再発防止に向けた詳細な分析を行っています。今回は前回報告書に続いて「退院前後の処方間違いに関連した事例」を詳細に分析し、改善策を提示しています。
今回は「退院後の外来や他院の処方を間違えた事例」をターゲットにしており、「退院前後の処方間違い医療事故」29件(2020年1月-2023年12月)のうち、12件が「退院後の外来や他院の処方」に関連しています。
12件の内訳は、「入院していた医療機関の外来における処方間違い」9件、「他院での処方間違い」3件となっています。
前者の「入院していた医療機関の外来における処方間違い」を少し詳しくみると、「処方漏れ」が8件、「薬剤間違い」が1件です。「処方漏れ」事例としては、例えば▼入院中に血栓・塞栓予防薬「イグザレルト錠」投与を開始したが、他の薬剤とは別処方になっており、入院担当医と外来担当医の情報共有が不足し、またいわゆる「Do処方」(前回処方のコピー)であったことから、同剤の処方が漏れてしまった▼入院中に血栓・塞栓予防薬「エリキュース錠」投与を行っていたが、次回外来まで残薬があるため退院処方をせず、また外来担当医に退院処方の意図を伝えていなかったため、同剤の処方が漏れてしまった▼入院中に副腎皮質ホルモン剤の「プレドニゾロン錠」が他診療科で投与されたが、退院後の「自診療科の外来時」に処方を失念してしまった▼臓器移植患者に拒絶反応を防止するための「プログラフカプセル」が処方されていたが、用量調節のために他の薬剤とは別処方にしていたところ、外来において「別処方の薬剤の減量に注目」したため、オーダを失念してしまった—などがあげられます。血栓・塞栓予防薬の処方が漏れた患者では「脳梗塞」が生じる、プログラフの処方が漏れた患者では「移植後の拒絶反応による肝機能悪化」などの健康被害も出ています。
また、後者の「他院での処方間違い」としては、▼入院前に2型糖尿病治療薬の「グラクティブ錠」が処方されていた患者が、心臓血管外科治療のために入院したが、外来担当医が「他院で処方されていた薬剤の処方を継続する」という認識がなく、また患者は「退院後しばらく当院で治療を継続すると思い、他院で処方されていた薬剤を処方してもらえる」と思いこんでおり、処方が漏れてしまった▼入院前に浮腫治療に用いる「アゾセミド錠」・利尿剤の「サムスカOD錠」を処方されていた患者が外科治療のために入院したが、医師は「術前から他院で処方していた薬剤であったため、自院で処方する認識がなかった」「患者が退院後にかかりつけ医を受診していないことを把握していなかった」ことから、処方が漏れてしまった—という医療事故が報告されています。アゾセミド錠等の処方が漏れた患者では心不全が増悪し、手術を延期するなどの対応に迫られています。
こうした事例の検証結果を踏まえ、機構では次のような対策が事故防止に重要ではないかとの考えを示しています。
【「入院医療機関の外来(退院後)での処方間違い」防止】
▽情報共有
▼「主科の医師」と「他診療科の医師」とで、互いの治療方針について「直接」連携を図り、コミュニケーションエラーを防ぐ
▼「抗凝固薬・抗血小板薬の休薬・再開・退院処方計画」シートを作成し、医師、看護師、薬剤師で服薬状況と退院後の処方予定医を確認し、服薬指導時に退院処方の数量を確認する
▼「残薬があるため退院処方をしなかった」場合は、カルテや掲示板にその旨を記載する
▼「重要な治療薬については、外来処方時に投与歴を確認できる」よう、外来カルテに記録を残す
▼医師は「入院中に治療内容の変更」があった場合には,退院時サマリに記載する
▽処方内容の確認
▼外来担当医は、直近のカルテ記載や処方内容を確認し、内服状況や残薬数を患者本人と確認したうえで必要な薬剤を処方する
▼Do処方では「現時点で服用している薬剤と異なる」可能性があるため、外来担当医は患者が服用している最新の薬剤を処方カレンダーで確認する
▼薬剤師は、肝移植患者の免疫抑制剤の処方状況を、部門システムを用いて漏れがないか確認する
▽退院処方の工夫
▼入院中に「定期処方とは別に処方している薬剤」があった場合、退院処方では別処方とせず他の薬剤と一緒に処方する
▼退院時に残薬があったとしても、漏れを防ぐために数日分を退院処方として処方する
▽患者への説明
▼退院時に「書面」を用いて患者へ説明し、状況に応じて家族にも説明する
▼薬剤師は、臓器移植を受けた患者に渡す説明書に「(免疫抑制剤は)原則として生涯服用」の内容を記載する
▼肝移植を受けた患者全員に「肝移植管理手帳」を配布し、患者自身で手帳に免疫抑制剤の種類と量を記載してもらい、患者教育および理解度の向上を促す
【「他院での処方間違い」防止】
▽情報共有
▼複数の診療科が関わっている患者について、他医療機関と情報をやり取りする際は、「誰が見てもわかる」ように、カルテに何科の何の書類を準備した、または送信したなど、具体的な記載を行う
▼複数の診療科が関わっている場合は、責任の所在が曖昧になり、重要な情報が抜け落ちやすいため、「多職種によるカンファレンス」などで患者情報を共有する
▼地域医療連携センターと病棟看護師が協力し、退院時の紹介状の受け渡しを厳重に管理するためのチェッ クリストなどを作成し、システム化する
▽システムの変更
▼診療情報提供書の退院処方一覧を作成する際、「入院中に処方した薬剤すべての中から退院方を選択するシステムであったため、選択間違いが起こる」という可能性を考慮し、退院処方としてオーダした薬剤名の後ろに「(退院時処方)」と表示されるようにシステムを変更する
こうした提言・事例も参考に「自院にマッチした対策」を構築し、スタッフに周知していくことが重要です。
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