新専門医制度、「優れた医師の養成」という本来目的と「医師偏在の是正」とをどう両立させていくべきか―医師専門研修部会(2)
2024.9.10.(火)
新専門医制度では「優れた医師の養成」という本来目的があるが、これと「医師偏在の是正」とをどのように両立させていけばよいか—。
より具体的には、「必要な医師がすでに相当数確保できている地域・診療領域」で専攻医(新専門医資格取得を目指す研修医)の採用数に上限をかける「シーリング」制度をどのように見直していくべきか—。
9月9日に開催された医道審議会・医師分科会の「医師専門研修部会」(以下、専門研修部会)では、こうした議論もスタートしました。コロナ禍でシーリング改革論議などが中断していましたが、今後、改革・改善に向けた動きが加速化すると考えられます(同日の2025年度の専攻医募集に向けた厚生労働大臣意見に関する記事はこちら)。
目次
新専門医制度のシーリングには、一定の「医師偏在是正」効果あり
2018年度から「新専門医制度」が全面スタートしてしました。従前の専門医制度の反省に立ち、「国民に分かりやすく、質が担保されるよう、日本専門医機構と各学会が共同して研修プログラムを作成し、統一した基準で認定を行う仕組み」となっています。
ただし「専門医の質を追求するあまりに養成施設の要件が厳しくなり、地域間・診療科間の医師偏在が助長されてしまうのではないか」との声が医療現場にあることから、▼日本専門医機構▼学会▼都道府県▼厚生労働省—が重層的に「医師偏在の助長を防ぐ」仕組みを構築・運用しており、その1つに「地域・基本領域ごとの専攻医採用数に上限を設ける」仕組み(シーリング)があります。
「必要な医師がすでに相当数確保できている地域・診療領域」では専攻医(新専門医資格取得を目指す研修医)の採用数に上限をかけ(採用を抑制する)、「医師がまだまだ不足している地域・診療領域」へ向かうことを促すもので、現在は次のように設定されています。(1)で「医師が充足している地域等での採用」を抑制し、(2)(3)の仕組みにより「医師が不足している地域で一定期間研修(=勤務)する専攻医が増える→医師偏在が緩和する」ことを期待するものです。
(1)厚生労働省の試算した「都道府県別・診療科別の必要医師数」に基づいて、「既に必要医師数を確保できている」と考えられる都道府県・診療科ではシーリング(採用数に上限)を設ける
(2)一定要件を満たす場合、「都市部等での1年半未満の研修」+「医師不足地域(医師充足率が80%未満)での1年半以上の研修」を可能とする【連携プログラム】設置を認める(シーリング内)
(3)一定要件を満たす場合、「都市部等での2年未満の研修」+「医師不足が極めて顕著な地域(医師充足率が70%未満、東北地方が多い)での1年以上の研修」を可能とする【特別地域連携プログラム】設置を認める(シーリング外)
ところで、このシーリングについては、例えば「新専門医資格取得を目指す専攻医の『●●地域の●●領域で研修を受けたい』という希望・意向を制限しており、緩和すべきではないか」という意見、「いわゆる激変緩和として緩やかに採用数上限が設定され、医師偏在対策としての実効性が薄い。厳格化すべきではないか」という意見など、さまざまな見解があります。
新専門医制度は、「優れた医師を養成する」ことを目的としており、「医師偏在を解消する」仕組みではありません。しかし「医師偏在を助長させない」ことも強く求められています。
このため、偏在助長を防止するシーリング制度については、様々な改善が行われてきています(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちらとこちら)。
2020年から猛威を振るった新型コロナウイルス感染症の影響もあって改善のペースはダウンしていましたが、▼コロナ感染症が落ち着きを見せている▼日本専門医機構でシーリングの効果検証にかかる研究が進んでいる▼医師偏在対策論議が活発化している—などの状況下で、「制度改善に向けた動きを加速化する必要がある」と厚生労働省は判断。9月9日の医師専門研修部会でキックオフ論議が行われました。
まず、日本専門医機構でシーリングの効果検証にかかる研究では、これまでに、▼「制約(シーリング)がなければ、16.4%の専攻医が別の都道府県・基本領域を希望していた」と回答しており、現行シーリングには医師偏在対策として専攻医の都道府県・基本領域の選択行動に一定の効果がある▼ただし、「大都市→その近隣県」への医師移動効果にとどまっており、医師不足が顕著な東北・東海・甲信越地方には効果が十分に出ていない—ことなどが明らかにされています。シーリングには一定の「偏在是正効果」があることが分かります。
シーリングがかけられた地域・診療領域では「若手医師確保が難しくなる」との指摘も
一方、都道府県からは▼シーリングが十分に機能しておらず、激変緩和措置(採用数上限を過去採用実績に照らして緩やかに設定する)の見直しが必要である▼特別地域連携プログラムは、現行のシーリングの枠内で実施するべきである▼どの診療科をシーリング対象とするかについては、個々の診療科が持つ特性を踏まえて検討すべきである▼総合診療専門医の育成を充実すべきである—などの提案・意見が出されています。「より医師偏在是正効果の高いシーリング制度に見直していくべき」という意見と言えそうです。
もっとも、「シーリング対象となった地域・診療科では「若手医師の減少」にもつながってしまう点を考慮すべき」と指摘する都道府県もあります。この点に関連して、厚労省は都道府県別・診療領域別に「人口10万対専攻医採用数と人口10万対医師数との関係」を図示したデータを提示しました。
縦軸に「人口10万対専攻医採用数」を、横軸に「人口10万対医師数」をとり、各都道府県がどこに位置しているかをプロットしたもので、例えば内科領域について見てみると、「東京都や岡山県、京都府など(赤で示した都道府県)は医師数が多く、かつ専攻医採用数も多い、つまり『すでに医師が多い地域で、若手医師がさらに増えていく』」ことが、逆に「埼玉県、茨城県、福島県などでは医師数が少なく、かつ専攻医採用数も少ない、つまり『現時点で医師が少ない地域で、若手医師の獲得にも苦労している』」ことが伺えます。
医師偏在を是正していく観点からは、「現時点で医師が多い地域では、専攻医(若手医師)採用数を抑える。逆に現時点で医師が少ない地域では、専攻医(若手医師)採用数を増やしていく」ことが必要となり、「シーリングをかける=若手医師採用数に上限を設ける」ことがその一助になると理解できます。
しかし、「シーリングをかける=若手医師採用数に上限を設ける」ことは、「将来、その地域・領域での医師が少なくなる」ことにもつながりかねません。仮に「現時点で医師が多い地域で、医師の高齢化が進んでいる」場合には、時間の経過とともに「高齢医師が引退」し、一方で「若手医師の採用を抑えている」ために、その穴埋めができない事態を招く恐れもあると考えられるのです。
また、横軸の「人口10万対医師数」の中には「クリニックを開業する医師」等も含まれます。この点については、例えば皮膚科領域において「東京が突出して医師数が多いが、この中には美容整形クリニックの医師も含まれている」可能性(宮城悦子委員:横浜市立大学医学部産婦人科学主任教授)が、麻酔科領域において「フリーランスの麻酔科医もカウントされている」可能性(牧野憲一委員:日本病院会常任理事、旭川赤十字病院院長)などが指摘されています。
このため9月9日の専門研修部会では、「より詳しい分析を行ったうえで、現在の医師数と専攻医採用数との関係を見ていくべき」と指摘する声が複数でています。
「優れた医師の養成」目的は極めて重要、「地域医療の確保」という視点も重要
こうした状況を踏まえて厚労省は、今後の、新専門医制度、とりわけシーリングの改善・改革に向けて次のような論点に沿って今後議論を行うよう委員に要請しています。
【シーリング数の見直し】
▽ シーリング対象県、つまり「採用数に縛りをかけている」県の中には、「人口10万人あたり専攻医採用数が全国平均に達していない県」も、「全国平均を大きく上回る県」もある
→シーリングの厳格化等に関する意見や、各都道府県の診療科別医師数・専攻医採用者数の現状を踏まえ、各都道府県におけるシーリング数の抑制や緩和をどう見直すべきか
【連携プログラム・特別地域連携プログラム】
▽シーリングのある基本領域では、「シーリング対象外となっている医師少数県」の採用者数が増加しているが、地域によってばらつきがあり、特に東北・東海・甲 信越地方において増加に乏しい(例えば東京の内科でシーリングがかかっており、別の近隣県の内科に医師が向かうが、東北地方等にまでは向かっていない)
→「特別地域連携プログラムが、東北地方等への連携を念頭に設定されたプログラムである」こと、「激変緩和措置激変緩和措置を見直すべき」という意見も踏まえ、通常プログラム(上記(1)・連携プログラム(上記(2))・特別地域連携プログラム(上記(3))の設定方法や各プログラムの設定数をどのように見直すべきか
委員間のキックオフ論議では、▼新専門医制度は「医師偏在の是正」ではなく、「優れた医師を養成する」ことが主眼である。まずは「研修内容の充実」を考えるべき(山口育子委員:法人ささえあい医療人権センターCOML理事長)▼専攻医の視点では「しっかりした研修環境の整備」が最も重要で、「ここで研修を受けたい」と感じる研修プログラムの作成を進めるべき。例えば2-3年で良いので、優れた大学教授を医師少数地域に赴任してもらい、給与を思い切って引き上げるなどすれば、「その医師の下で研修・研鑽を積みたい」と考える若手医師がついていくと考えられる(野木渡委員:日本精神科病院協会副会長)▼岡山大学では、医師養成を医局まかせにせず、医学部全体で考え、「学生・若手医師が主体的に研鑽を詰める」環境構築に力を入れ、結果、岡山県で外科医・麻酔科医などが勤務している。「良い教育があってこそ、若手医師が来る」点に間違いはない。優れた指導医の配置、研修をうけやすい環境の整備などの構築が重要である(片岡仁美委員:京都大学医学教育・国際化推進センター教授)—などの声がまず目立ちました。
医師偏在対策としては「若手医師の地方勤務を進める」方策が目立ちますが、山口委員は別会議でも「若手医師をターゲットにする偏在対策は限界にきている。ベテラン医師をターゲットにした方策に舵を切るべき」と主張しており、医師専門研修部会でも、改めて「新専門医制度の本懐は『優れた医師の養成』にあり、『医師偏在対策』は不随事項である」点を強調しています。
一方、自治体サイドからは、▼医師少数地域等でもしっかりとした専門研修を受けられる仕組みを構築すべき。「優れた医師の養成」という視点も理解できるが、「地域医療確保」の視点も極めて重要である(立谷秀清委員:全国市長会・福島県相馬市長)▼地域偏在が助長されないように、東北地方など医師不足が顕著な地域で医師確保の実効性があがるように、新専門医制度を改善していってほしい(山崎親男委員:全国町村会副会長・鏡野町長)—といった意見のほか、「優れた指導医配置・研修環境の充実の前提として、地方での医師確保が必要となる」と指摘する声も出ています。
両サイドの意見ともに頷ける部分が大きく、今後、専門研修部会でさらに議論を深めていくことになります。
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